ルナ様からのリクエスト
『ローレライ=クトゥグア。TOA世界=クトゥグアが幽閉されている惑星フォーマルハウト。ルークとアッシュが、ニャルラトテップの天敵・旧支配者クトゥグアの力を持つ者。二人は本体であるローレライを解放したら、幽閉地であるTOA世界を焼き滅ぼす気(最初ルークは反対だったが、同行者によって考えを変えた)。でも二人が手を出さずともニャルラトテップの干渉でTOA世界は滅び行く運命にある』






※残虐シーンあり、注意
※ナタリア発狂。同行者が見捨てて行き死亡します。
※バチカルが滅びます。
















【最初は、誰もが嘘だと思った。信じる事が出来なかった。】 7 (お題提供:オセロ(終末世界20のお題から抜き出し))















 オールドラントの内部に封じ込められていた炎の神クトゥグアの封印のひとつが消滅した。
 それによって外郭大地に炎の神が纏う灼熱が牙をむく。
 支えを失って降下し、熱された大地は溶け、火山が噴火し、オールドラント全体の気温を上昇させた。
 気温の上昇に過敏に反応すのは、弱い動植物である。温度の変化に弱いものは次々に死んでいった。
 まだたったひとつの封印が消えただけなのにこれだけの変化が起こったのだ。もしすべての封印が破られたどうなるか……。
 大地の崩落のみならず、気温の上昇などの異常に脅え、不安をいだく人間達だが、一部の人間達は、大地の底にいる神の咆哮に歓喜していた。

 一方その頃。キムラスカの使用人達に充てられている宿舎。ここに神の咆哮に歓喜している人間達がいる。
「もうすぐ、ルーク様の願いが叶いますね」
 ディーリンが自分の部屋の窓から、火山から吹きあがった火山灰で汚れた空を見上げていた。その表情は、笑顔なのに例えようのない狂気に染まっており、とても正常な精神状態とはいえなかった。
「あなたもそう思いませんか? 団長様」
 ディーリンは、くるりと振り返った先には、ファブレ侯爵家の白光騎士団の団長を務める男が立っていた。
 明かりも灯っていない彼女の部屋の陰で隠れて、騎士団団長の顔は分からない。まだ明るい時間帯のはずなのに墨でもかけたかのように彼の顔は見えなかった。
 騎士団団長は何もしゃべらなかった。ただそこに佇んでいるだけで微動だにしない。
「さあ、行きましょう」
 反対に不気味な微笑みを顔に張り付かせているディーリンは、再び窓の外を眺めてから、踵を返し、騎士団団長と共に部屋から出て行った。




***




「早くお父様に報告しなければ……」
 ディーリンらが動き始めた頃、ナタリアは、ティア達と共にバチカルに辿り着いていた。
 彼女らがここまで来るまでの道のりは長かった。
 まず、アグゼリュスが崩落した後、ユリアシティでアッシュがルークを連れ去り、イオンが姿を消した。
 ユリアシティの市長であり、ティアの祖父であるテオドールの話で、聖なる焔の光の名を持つ男児がアグゼリュスを滅ぼし、そこで死ぬこと、そしてそれによってキムラスカが未曽有の繁栄を迎えるという預言のことを知った。
 預言通りにアグゼリュスが滅んだことは予定通りだと喜ぶテオドールに、何千にもの犠牲者を平気で出した預言をナタリア達が許すはずがない。(今まで預言通りに生活することが普通だったくせに今さらである)
 そしてティアが実の兄であるヴァンが外郭大地を滅ぼそうとしていることを話した。
 外郭大地が滅びるはずがないとテオドールは否定したが、ほどなく大きな地震が液状化した大地の上にあるはずのユリアシティに響き渡った。
 地震が治まり、しばらくするとセントビナーが崩落したという知らせが入った。
 そうなって初めて事の重大さに気付いたテオドールは、ナタリア達にタルタロスごと外郭大地へ戻る方法を教えた。
 そして外郭大地へ戻ったナタリア達がまず感じたのは、気温の高さだった。異様に暑いのだ。四季がはっきりとしている土地ならば夏のような蒸し暑さが肌にまとわりつく。
 アグゼリュスが消滅したことが原因かと、ナタリア達が聞くとジェイドはこれはおかしいと珍しく首を捻った。
 タルタロスの設備ではこの異常気象を調べることはできないので、タルタロスの修理もかねてケテルブルグに立ち寄ることにした。
 気温の急上昇は、極寒の地であるケテルブルグにも影響し、年中降っていた積雪量が大幅に減り、雪山の雪が溶け始めていた。白い景色が売りの土地は、まったく違う姿になってしまっていた。ついで大量に流れてくる雪解け水で水辺の傍が水没したり、雪解けで雪崩が起こったりいまだかつてない自然災害に人々は混乱していた。
 そんな中、ケテルブルの知事を務めているジェイドの妹のネフリーに協力してもらいタルタロスの修理を終わらせた。
 そしてようやくグランコクマに辿り着いた一行は、ピオニーとの謁見を経て、宣戦布告したキムラスカの止めることと、外郭大地の崩落の危機を伝えるためにバチカルへ行くことを決めた。
 そしてなんとかバチカルに辿りついた一行は、バチカル城に向かった。
 ジェイドはその途中で訝しく思った。
 開戦で緊張状態であろうはずの街中が、まるで時が止まったような不気味な静けさを纏っており、そしてキムラスカ兵の姿がない。
 難無くバチカル城の扉の前まで来て、さすがにおかしいとジェイドが口を開いた。
 ジェイドの疑問に皆が不気味に思って立ち止まっていると、扉が突然開いた。まるで一行を誘うように……。
「っ! あなたは……」
「おかえりなさいませ。ナタリア様」
 扉の向こうにいたファブレ家の屋敷の使用人のメイド服を纏った女性が深々とお辞儀をした。
「たしか…、ファブレ侯爵家の…、叔母さまの……」
「はい。シュザンヌ様にお仕えするメイドのディーリンと申します。さあ、ナタリア様。御連れの方々も。インゴベルト陛下がお待ちです、どうぞこちらへ」
 ディーリンは、優雅な手つきでナタリア達を城の奥へ案内しようとする。
「侯爵家のメイドが、なぜ城にいるのですか?」
 ジェイドが眼鏡を指で押しながら疑問をぶつけると、ディーリンはぴくりと肩を震わせた。
 ジェイドはその反応を見逃さなかった。
「…バチカル入りしてから奇妙だと感じていました。インゴベルト王との謁見の時と違い、なんですかこの街の静けさは? ディーリンといいましたね、なにが起こっているのか包み隠さず我々に話していただけませんか? もし答えてもらえないのなら……」
「待ってくれ! 彼女は信用できる人だ、俺が保証する!」
「ガイ。あなたがいくら信用していてもいまは非常事態ですよ。まさかここまで来てバチカルの異常な空気になんの疑問を感じないなんて言わないでください」
 ジェイドに鋭く睨まれ、ガイは口を閉ざした。
 その様子を見ていたディーリンは、クスクスと笑った。
「ガイは本当に女性の方に紳士的で素敵ですが……、もう少し頭の良い方だと思いましたのに……」
「なにを言って…」
「ディーリン、なにを企んでいるのです!」
 ディーリンの言葉にガイが困惑し、ナタリアが怒りをいだいて彼女を睨んだ。
「答えなさい!」
「うふふふふふふふふふふうふふふふふふふふふふふふ……」
 ディーリンは、不気味に笑いながら城の中に消えた。
「…追いましょう。罠でしょうがね」
「いったい何が起こってるんだよ…」
 豹変したディーリンに困惑を隠せないガイを見て、ジェイドは溜息を堪えた。
 ジェイドは、薄々感じていたのだ。
 ナタリアにしてもそうだが、自分達は今起こっている異変に鈍感過ぎた。
 鈍感な人間のひとりに数えられる自分が今更後悔しても後の祭り。自分達はもう踏み込んでしまったのだ。
 バチカル城の城内に続く扉の向こうは、明かりがなく、それでいてまだ日の高い時間帯だというのに空の光すらも通さない暗闇で満ちている。まるで悪魔か何かが口を開けて間抜けな獲物が入って来た瞬間食べてしまいそうな、そんな錯覚を覚えてしまうような不気味さだ。
 しかしこの中に入っていかなければ、真実に辿りつくことはできない。虎の子を得たくば虎穴に入れなどと言葉があるように、自ら危険に飛び込んでいかねば何も得られないこともある。
「行きましょう。ここにいても何も解決はできませんわ。せめてお父様達の無事さえ確認できれば……」
 ナタリアが先陣を切った。彼女はこの国の王女だ。ある意味で勇敢である。
 ナタリアの勇敢さは、彼女の気性や彼女の王女としての姿勢なのだろうが、ジェイドはそこに違和感を感じていた。
 それは、アッシュへの執着だ。
 実際ここに来るまでの間に、ルークを攫って姿を消したアッシュのことを心配していた。ユリアシティで披露したあの狂人ぶりを完全に見なかったことにしているように、美化された思い出を語っていた。
 ジェイドは、そこから推理して彼女がいまだにこの異常の中で希望の光を失っていないのは、彼女がおとぎ話の王子と姫にアッシュと自分を置き換えているのではないかという考えに至った。
 おとぎ話じゃあるまいし、男女が愛の力で悪を退ける奇跡が現実で起こるはずがない。科学者であるジェイドは、非科学的なものを信じないのが常であったが、今現実で起こっている非現実的な状況は、そんな奇跡でも起きない限り解決できる見込みがなさそうだという可能性がゼロに等しいほど酷いものだ。
 頭の足りない姫君の妄想に頼るつもりなど見当もないが、ジェイドはジェイドの意志で、この異変に立ち向かうことを決めた。残りの者達が何を考えているかなどどうでもいいことである。いざとなれば彼らを見殺しにするつもりである。ジェイドがそこまで薄情なのは、彼らの関係が親密とは程遠い偶然集まっただけの寄せ集めにすぎないからだ。もっともジェイド以外はそう考えてはいないから悲しい。
 ジェイドがそんな決意を固めているなど欠片も思っていない、残りの者達は、ナタリアを先頭に城内へと足を踏み込んだ。
 入った瞬間、彼らの肌に冷たい空気が触れた。
 鳥肌が一気にできる湿った冷たい空気は、最初だけで済んだが、呼吸をすると今度は腐敗臭のような匂いが鼻をついた。
「なんか…、臭くない? 腐った肉の匂いがするんだけど?」
 アニスが鼻を摘んで顔を歪めた。
「死体が転がっているか…、おかしなバケモノがいるかどちらかでしょうね」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ旦那…」

 ズルズルズルズル

「って、そんなこと言ってる間にマジで出てきちゃったし! 暗くて全然見えないけど!」

『な〜んだ、どこの誰かと思ったらおまえらか?』

「何者です! 出てきなさい!」
『あれ? おまえ王女様じゃん? 生きてたんだ? いがい〜っ』

 クスクスクスクス

 暗闇の向こうで這いずっている何かが喋っているらしい。
 完全に馬鹿にした様子でナタリア達を見て笑っている。非常に不快になる声質である。男なのか女のかも判別ができない。
「あなたは何者ですか? 人間ではないのは確かなようですが」
『別に名乗るような名前なんてね〜よ。めんどくせ〜し』
「むかつく! なんかむかつくんだけど! さっさと出てきなさいよ、怖気ずいてるわけ!?」
『なんだとこのガキ、いい度胸じゃね〜か、っ!』
 アニスに挑発されて暗がりからズルリと何かが出てきそうになったが、横から飛んできた閃光が命中し、暗闇と共に消えて無くなった。
 それと同時に、悪臭も消えた。
 明るくなった城内で彼らが見たのは…・
「ディーリン!」
「招かれざる敵が来ていましたのね。うかつでした」
 残像だったからまだよかったけれど…と、ディーリンは、術を放ったと思われる手を下ろし、冷たい声でそう呟いた。
 彼女は、くるりとナタリア達に顔を向け、にっこりと笑った。
「さあ、もうすべての準備は整っています、案内いたしますからどうぞこちらへ」
 ディーリンは、優雅な手つきで城の謁見の間を示し、背中を向けて謁見の間の方に歩きだした。
「追いましょう…」
 ナタリアがそう言い先陣を切った。それを追うようにジェイド達も謁見の間へ向かった。

 謁見の間の扉がディーリンを通すために勝手に開いた。
 そしてディーリンは謁見の間へ入っていき、それをナタリア達が追いかける。

 そこで彼女達が見たものは…。

 ナタリアが悲鳴を上げた。

 先ほどの腐肉が放つ悪臭とは違う、不快な匂い。
 匂いの正体は、新鮮な血と、臓物だ。
 その匂いは、謁見の間の中央に設置されたテーブルの上にある大皿。その上にあるものから香っている。
 本来ならウェディングケーキなどの高さのある特殊な料理を作る時に使う道具を支柱にした“肉料理”がそこにあった。

 まるで花みたいに規則正しく円に並べられた無数の手足。どれも形や大きさが違うので老若男女が混ざっているらしい。
 肺やら、心臓やらの腸以外の臓物がギチギチに積み上げられたケーキで言う土台部分。
 まるでリボンみたいに綺麗に蝶々結びになった、腸(ちょう)が彩りとしてグルグルに巻きつけられていた。
 頂上部分は、脳味噌が出るように頭皮と頭蓋骨を奪われた無数の人間の頭が積み上げられていた。
 人間達の顔は、どれも恐怖と苦しみで歪んだ表情を浮かべている。
 人間ケーキ。そんなおぞましい単語がこれにはふさわしい。

「ナタリア!」
 ふうっと貧血を起こして倒れるナタリアをティアが支えた。
 ガイは、口を抑えてこらえたが、アニスは我慢できずに嘔吐してしまっていた。
 ジェイドは、人間ケーキを凝視した後、ここへ案内したディーリンを睨んだ。
「うふふふふふふふふ。どうですか? ナタリア様。素晴らしいでしょう?」
 人間ケーキのあるテーブルの横にメイドらしい姿勢で立ったディーリンがクスクスと笑いながら言った。
「悪趣味ですね。誰がこんなものをもらって喜ぶのですか?」
 ジェイドが問うとディーリンは、にっこりと笑みを作り直した。
「これは、我らの主のためにこしらえた供物です。あの御方が真にお目覚めになるには、滋養が必要なのです。幸運なことに、このキムラスカは供物となる人間が多く、材料に困ることはありませんでした。この供物は前菜に過ぎませんが、……うふふふふふ」
「それ(人間ケーキ)が前菜とは…、ずいぶんと食いしん坊な主人のようですねぇ? もしやもしやの話ですが、その食いしん坊なご主人とは、紅いニワトリヘアーの狂人のことですか?」
 ジェイドは、わざとこ馬鹿にした言い回しで言った。その瞬間、笑っていたディーリンの顔が怒りと狂気で歪んだ。
「やはりそうでしたか」
 分かりやすい反応が返ってきて、ジェイドは内心ディーリンを嘲笑った。
「は、話しが見えないぞ、どういうことなんだ?」
 混乱するガイが声をあげた。
「彼女が言う我らが主とは、アッシュのことだったんですよ」
「んな!?」
 ガイは言葉を失った。
 使用人としてファブレ家で仕事をしていたからアッシュのことを知る人間のひとりであるガイは、いまだにユリアシティで狂気を露わにしたアッシュが自分が知っているアッシュと同一の人物なのかという疑問を持っていた。
 ガイが疑問を抱いた原因は、ガイがアッシュを直接見たのが、アッシュがニャルラトテップによって力を半分奪われて大人しくなってからのことだったからだ。つまり本当のアッシュをガイは知らないのである。使用人同士の情報交換すらなかったのは、インゴベルトが大人しくなる前のアッシュのことを知る人間に厳戒令を出して秘密にしたからである。ガイも当時は子供であったこともあり、耳にしたとしても成長と共に記憶が薄れたというのもあるのだろう。
「そんな…はずが…そんなはずが、ありませんわ!」
 意識を戻したナタリアが現実を否定しようと喚く。
 この惨劇が、自分が愛する相手が原因で起こった。それが信じられないからだ。
「なぜそうまで信じることができるんですか?」
 ジェイドは、あえて聞いた。
「アッシュは、わたくしと約束しましたわ! 共にキムラスカのために…」
「ナタリア様。真実をお教え差し上げましょうか?」
 さながらヒロインのようにさめざめと泣くナタリアに、ディーリンの嘲る声が耳に届いた。
「しんじつ…?」
 ナタリアが、ギギギッと音がしそうな緩慢な動きでディーリンの方に顔を向けた。
「あなたが結ばれた約束。幼き頃のお話でしたわね? では、お教えしましょう。あの御方は、今から7年前に、長きに渡り戦ってきた怨敵にその力を二つに分けられしまい、心を閉ざしてしまわれました。覚えていらっしゃいますか? あの御方が、これまで人間ごときにお優しくされたというお話を聞いたことがありましたか? 聞いてはいないでしょう? キムラスカの王があなたの耳に届かぬように隠し通して…、なんと健気なことでしょう。あの御方は、決して人間ごときと交わることはありません。その御方がなぜ未来の約束などするでしょう?」
「アッシュは、人間ですわ!」
「御可哀そうに…、なんと頑なで愚かな御姫様。7年前の時、あの御方は、力を奪われた時に負った傷を癒すために、心を閉ざされたのです。その時、あなたの思念があの御方を動かしてしまったのです」
「…意味が、わかりませんわ」
「心を閉ざされた状態のあの御方は、傀儡のような有様でした。ですから、あまりに強い思念をうけると、それに流されてしまうのです。つまり、ナタリア様…、あの御方は、ナタリア様がこうしたいああしたいと望んだから、そう動いただけなのです。決して、ナタリア様のためでも、キムラスカのためでもないのです。あなたのただの妄想なのです。少しばかり現実になった、…ただの妄想なのです」
「な…、そんな…、そんなことが! 嘘をつくのも大概にしてくださいませ!」
 ナタリアは、これ以上聞きたくないと耳を両手で押さえて頭を振りみだした。
 しかしディーリンの言葉は、奇妙な力が働いているためか耳を塞いでいてもナタリアの耳に届いた。
「真実です。よ〜く思い出して御覧なさい。あの御方と約束を交わされた時のことを。あの御方の御顔を覚えていらっしゃいますか? どんな顔をして、どんな声であなたに約束を口にしましたか? ほら、よ〜く思い出して御覧なさい!」
 ディーリンの言葉がまるで呪詛のようにナタリアの心を蝕んで行く。
 ナタリアは、思い出したくもないのに7年前の出来事を思い出していた。

 ナタリアは、よくも悪くも箱入り娘だった。
 王であるインゴベルトが、亡き妻の忘れ形見であるナタリアを溺愛したためだ。
 王宮で何不自由なく育ったナタリアは、ある意味外の世界に強い興味をもっていた。
 絵本の中で描かれる閉じ込められていたお姫様が冒険の旅出て成長する物語に自分を重ねた。
 そしてついにその気持ちを抑えきれず、隙を見て王宮から抜け出した。
 王宮から出てきたとはいえ、キムラスカは、その構造上、とても狭い、なので行ける場所は限られる。
 ナタリアは、城の近くに住まいを構えるファブレ侯爵邸に冒険する感覚で忍び込んだ。
 不思議なことに、すんなりと入り込めた屋敷内には、自分より少し年下の赤髪の子供がいた。
 ナタリアは、すぐにその子が、ファブレ侯爵の子息、ルーク(アッシュ)だと分かった。
 中庭でただそこに立っていた彼は、無表情のままナタリアを見た。
 ナタリアは、不思議とルーク(アッシュ)に心を惹かれた。それは、ルーク(アッシュ)が持つ人知を超えた者の魔性の気にあてられたせいだったのかもしれない。
 ナタリアは、幼い心が持つ本能に従うままルーク(アッシュ)に話しかけた。
 すると、ルーク(アッシュ)は、ナタリアに応えた。
 まるでナタリアの心の中に描かれた理想を具現化したように、ナタリア好みの行動をとった。
 しかしその目だけは、光がなく、まさしく人形そのものだった…。
 そしてナタリアは、ルーク(アッシュ)と共にキムラスカの港まで行く。
 さながら子供じみた冒険の果てに、ナタリアは、ルークと将来の約束を交わした。
 まるで…夢物語のような絶妙なタイミングで……。
 夕日で陰ったルーク(アッシュ)の顔は。
 顔は……。

「ああ…、う……ぁああああ、いあぁぁ」
 ナタリアの顔がみるみるうちに恐怖で歪んでいく。
 今まで美しい思い出としてナタリアの心の中にしまい込まれていたあの日の情景が、ディーリンの呪詛によって偽りの美しさがそぎ落とされ、真実を彼女に知らしめる。
「なぜ、なぜ忘れていましたの! なぜわたくしは、約束を信じてしまいましたの!? すべてわたくしの妄想!? わたくしは、なぜ“アレ”を愛して…、違う、違う、わたくしが愛した婚約者は“アレ”ではない! “アレ”がわたくしのルーク(アッシュ)であるはずが! 本当に? 本当に? わたくしが今考えていることもただの妄想だったとしたら? だめですわ! そんなことを考えてはなりませんのに! わたくしは、わたくしは、違う、本当、違う、本当、ルーク、ルークルークルーク!」
 ナタリアは、ついに恐怖に負け、頭を抱えて訳の分からない言葉と悲鳴を喚き散らし始めた。
 ティア達がナタリアを正気に戻そうとするが、狂気に屈してしまったナタリアにその声はもはや届かない。
 ディーリンは、それを滑稽な物を見る目で傍観し、クスクスと笑う。
 ジェイドは、ディーリンを睨みつけ、譜術を詠唱しようと身構えた。
 その時。

 凄まじい炎が天井辺りに現れ、炎は二人の人間の形になった。
 そして二人が床に着地した。

「ルーク! それにアッシュも!」
 突如現れた二人の人間は、アッシュとルークだった。
 ユリアシティで姿を消して以来だが、二人が纏う空気は、もはや人間のそれではない。
 二人は、恐ろしく冷たい目でジェイド達を見た。
「なんでおまえらがいんだよ?」
「そ、れは、…こっちの台詞よ!」
 アニスが迫力に負けないように懸命に強勢はる。
「放っておけ。クズどもに構っている暇はねぇ」
「それもそうだな」
 アッシュの言葉を聞いて、ルークはニコッと笑い、テーブルの上にある、人間ケーキに手を伸ばして、心臓を掴んでそのまま口に運んだ。
「ああ! ルーク様! お戻りになられたのですね!」
 ディーリンは、歓喜に打ち震えながら手を胸の前で組み、祈りを捧げるようにアッシュとルークの前に跪いた。
「なにコイツ?」
「俺の傀儡のひとつだ。コマは多い方がいいだろう」
「へー、アッシュって色々準備がいいよな」
「おまえがさっさと思いださなかったからだ」
「うっ、悪かったよ…」
「もう過ぎたことだ。これからしっかりやってもらうぞ」
「分かってる」
 アッシュは、ルークの意思を確認するとルークの口元についた血を指で拭ってやった。
「アッシュは、喰わねーの?」
「喰うだと? そんな動作は必要ねぇ」
 アッシュがパチンッと指を鳴らした途端、人間ケーキが炎に包まれた。
 人間ケーキは、あっという間に焼きつくされ、その炎は灰と共にアッシュの手の中に吸い込まれて消えた、
「フン…。まあまあだな」
「ありがとうございます!」
 ディーリンは、うれし涙を流しながら喜びの声をあげた。
「ずりぃ! おまえ全部喰ったな!」
「早い者勝ちだ」
「それでも俺の半身かよ!?」
「文句があるなら強くなれ」
「イダッ!」
 文句を言うルークに、アッシュがデコピンをした。二人のやりとりはさながら本当の兄弟の様である。

「ハイ、そこまでにしましょうね」

「イオン様!?」
 音もなく現れたのは、イオンだった。
「えっ…うそ、イオン様が…二人? えっ、三人……!? どーいうことぉ!?」
 最初に現れたイオンを始まりに、まったく同じ顔の少年が二人現れ、最後に見たことのある仮面をつけた少年が現れた。
「シンクまで!」
「あのさぁ。いきなりキムラスカに行くって言って探しに来たら、なんでこいつらがいるのさ?」
 驚き混乱するアニス達を鬱陶しそうに指差して、シンクがアッシュに言った。
「王女様がおかしくなっちゃってるよ」
 フローリアンがナタリアを指差して笑った。
「まずそう〜。でもお腹すいた。ねえ、食べちゃダメ?」
「ダメですよ、フリーリアン。あんなものでは腹の足しにもなりません」
「イオン様…、どうしたんですか!? なぜ、ルーク達と!」
「あなた方には関係ないことですよ。けど、ひとつだけ言えるのは、僕は本当の自分を思い出しただけです」
「ほんとうの、じぶん?」
 かつて自分達と行動を共にしていたあの慈悲深い導師は、同じ微笑みを浮かべているのに、恐ろしい怪物が纏う得体の知れないオーラがあった。
「ふふふ…、分からないのですよね、だからそんな顔になりますよね。知っていても何も変わりませんけど」
「イオンさまぁ、い、意味が分かんないんですけどぉ? できればぁ、教えてくださいよぉ」
「何も心配することはありませんよ、アニス。どうせあなたはここで死ぬんですから」
「えっ?」
 イオンの手がアニスの方に向けられた。その瞬間、緑色に輝く風と氷の粒がアニスに襲いかかった。
「エクスプロード!」
 氷の粒がアニスを殺傷する前にジェイドが詠唱した譜術が氷の粒と風を防いだ。
 冷気が熱とぶつかりあって発生した水蒸気が謁見の間に散った。
「た、大佐ぁ!」
「どうやら十分こちらの攻撃は通用しそうですね」
 助けてもらって目を輝かせるアニスとは裏腹に、ジェイドはイオンを見据えてまるで実験結果がうまくいったかのように言った。ジェイドのその言葉にアニスの表情があっという間に困惑の色に染まった。ジェイドが自分を助けるつもりで譜術を使ったのではないのだと気付いたからだ。
「さすがは、マルクト帝国の懐刀というところでしょうか」
「お褒めにあずかり光栄です。つかぬことをお聞きしますが、あなた方はいったい何者なのですか?」
「知ってどうするんですか? どうせみんな死ぬのに、無意味ですよ?」
「手遅れでも、知らないままでいるのは気に入らないだけですよ。どうか教えていただけますか?」
「どうしましょうか…」
 イオンがわざとらしくもったいぶる。
「では、僕が説明しましょう」
 被験者のイオンが進み出た。
「まず僕らがなぜ同じ顔をしているのか、そのことについて説明しましょう」
「それは大体見当がついています。レプリカ…ですね」
「その通りです。そして、この僕がオリジナルです」
「オリジナルだって!? ってことは、いまま俺達と一緒にいた導師イオンは!」
「そう、彼はレプリカでした。僕が病に伏した時にモース達に作らせたレプリカのひとりです。ちなみにフローリアンもシンクも僕のレプリカですよ」
「ばらさなくても…」
 被験者イオンに正体をばらされシンクは嫌そうな顔をした。
「イオン様がレプリカだったなんて…」
 ティアが困惑した声を漏らした。
「では、次の質問をします。あなた方の力は、人間の域を軽く超えていますよ。その力は一体なんですか?」
「フフフ…、それはそうですよ。僕らは“神”ですから」
「かみ? とてもそうは見えませんがね? 非科学的な物を信じない科学者の私から見てもあなた方は、むしろ悪魔とかそういったたちの悪い物のようにお見受けしますが」
「悪魔などと一緒にしないでください。まあ、人間の目から見ればそう見えるでしょうし、そんなことばかりしてきたんですからね」
「例えば?」
「それは…、なんか面倒くさくなったので、コレでも読んでください」
 そう言って被験者イオンは、一冊の本をジェイドに投げて渡した。
 かなり古い本で、表紙はボロボロ、表面に書かれていた題名や筆者の名前すら分からないありさまだった。
 しかしなぜだか手にしているだけで冷や汗が伝って落ちそうなオーラが本から発せられている。
「人間が記した書物にしては、僕らのことを詳しく記録してあったので、それだけで十分理解できると思いますよ。では、僕らはこれで失礼させていただきます」
「待って、イオン様!」
 被験者イオンの言葉を合図に、彼らはその場から消えた。
 すると、ゆらりとディーリンが立ち上がった。
 先ほどまであれほどルークとアッシュに跪いて歓喜していた姿は今はなく、まるで生きた屍のように体が揺れている。
「その本…そんなところにあったんですか……」
 たち振る舞いと同じく声も今にも死にそうな弱々しいものになっていた。
 グルッと音がしそうな勢いで彼女の首と体がジェイド達の方に向けられた。表情もとてもこの世のものではない。
「よこせ……。本を…、その本は……あの御方の…」
「これはオリジナルのイオン様から渡されたものです。まだ内容を見てもいませんので、諦めてはもらえませんか?」
 ジェイドは、冷静な表情を崩さず本を懐にしまった。
「よこせ…、よこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
 ディーリンが跳んだ。
 まさに獲物に飛び掛かる獣のように。
 ティア達がそれに対応するよりも早く、ジェイドの槍が的確にディーリンの眉間を貫いた。
 ドサリとディーリンの体が床に落ちた。

「よこせ…」

 すると、謁見の間の物陰から人が出てきた。
 しかし、それはもはや人とは言える代物ではなかった。

「あの御方にお近づきになる……」

 今にも飛び出しそうなほどもりあがった眼球は、血走っており、姿勢などは両手の指が床をこするほど前のめりになっている。その様は人間というにはあまりにも醜かった。
 彼らの変わり果てた姿を見て、ガイは驚愕し、その口から白光騎士団…っと零れた。

「よこせぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「プリズムソード!」

 一斉に襲いかかってきた白光騎士団だった人間たちを、ジェイドが上級譜術によって一掃した。
「逃げますよ!」
 ジェイドが恐怖に怯えすくむ他の者たちを叱咤して、謁見の間からの脱出を促した。
 放心状態のナタリアは、動こうとしないためアニスがトクナガで抱えて運んだ。
 謁見の間を出て、ついに城外に出ると、城の扉が誰の手も借りず重い音を立てながら閉まっていき、最後に轟音をあげて完全に閉まった。

「はあ…はあ……、なんで、こんなことに?」
 呼吸を整えながらガイがそう呟いた。
「ナタリア、ナタリアしっかりして!」
 ティアがナタリアの肩を揺すって、呼びかけている。
 ナタリアはガクガクと人形のように揺れるだけで、その顔にはもはや生気がなかった。開いた瞳孔と口から垂れる唾液は、もはや彼女が正気でないことを示しているようだ。
 ジェイドは、ナタリアを見て舌打ちをした。それを聞いたアニスは、ギョッとしてジェイドを見上げた。
「た、大佐ぁ?」
「結局無駄足でした…。それどころか貴重な人手を奪われるとはなんて災難なんでしょう」
「そんな言い方…」
「事実ですよアニスっ」
 アニスにジェイドが冷たく言った。
「ナタリアは、捨て置きましょう。彼女はアッシュの攻略になるかと少しは思っていたですが、完全に的外れと分かりましたし、バチカルはこの通り……、我々は一刻も早くここを離れ、マルクトへ向かいましょう」
「ナタリアを見捨てていくってのか! 薄情すぎるぜ旦那!」
「なら、あなたが介護してあげますか? ガイ。女性恐怖症のあなたが」
「…っ」
「思いやる気持ちは大切ですが、状況が状況です。優しさなど切り捨ててしまいなさい。それができなければ……」
 ジェイドが城の前にある広間を睨んだ。つられてナタリア以外の者達がそちらを見ると。
「ひっ!」
 アニスが溜まらず短い悲鳴を上げた。
 そこにいいたのは、人、人、人人人人人……。
 バチカルの住人たちで間違いないだろうが、もはやそれは人…と呼べるものではなかった。

『ククククク……』

 そこへどこからともなく不気味な声が聞こえてきた。
 聞き覚えがあるその声。ジェイド達は確かにその声を聞いた覚えがあるがどこで聞いたかは思い出せなかったし、思い出す暇は今はない。
 目の前に現れた、半分腐った人間達がジリジリとジェイド達との距離を詰め始めていた。
 ジェイドは、槍を出し、詠唱を始めた。
 腐りかけの人間達がうめき声を上げながら手を伸ばしてくる、それを火の譜術で焼き払った。
 ジェイドが放った譜術により、腐りかけた人間達が燃やされ、炭になり折り重なるように広間に倒れていく。
 人間を焼いた時の独特の悪臭と煙がジェイド達の目と鼻を刺激した。
 あっという間に広間に集まっていた腐りかけの人間達が全滅した。
「…あ……悪夢だ…。こんなの悪夢って言う以外にないだろ…」
「ええ。これは悪夢ですよ。しかも、まだ始まったばかりの」
「なっ」
「行きましょう」
 ジェイドが口にした言葉を理解する前に、ジェイドが足早に動いたため、ガイ達は、慌てて動こうとしたが、狂ったナタリアのことを思いどうするか少し考えて……、そして、ナタリアをその場に置いて行くことにした。そしてジェイド達は、バチカルを脱出しタルタロスでマルクトを目指した。

 そしてジェイド達は目撃することとなる。
 バチカルが凄まじい業火に焼かれ、バチカルにあった物すべてを焼き尽くしていく光景を…。
 焼き尽くす炎はまるで生きているかのようにうねり、狂った獣のような叫び声さえ聞こえた。
 炎は、やがて上へ上と移動し、バチカルの上空で太陽のように固まると、空の彼方へ飛んで行ってしまった。
 残ったのは、黒く焼けて、熱で歪んだバチカルを支え続けてきた鉄柱と、鉄柱の下に転がる焼けたレンガや漆喰の残骸だけだった。

 こうして、オールドラントの底に封じ込められた炎の神の化身を産み落としたキムラスカ王家は、炎の化身に首都ごと焼き尽くされ、多くの国民達と共に滅ぼされた。






→8


あとがき

 バチカル滅亡。

 ナタリア発狂。そして見捨てられて死亡。

 この次、どうするかな〜。




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