これ→『竜騎士(ドラグーン)の御子』のおまけ話その2。

 マルチBADエンドゲームの奴らが、カイムとアンヘルと一緒にオールドラントにやってきたら?のIFです。

 奴らとは、レオナール(+フェアリー)、アリオーシュ(+ウンディーネ&サラマンダー)、セエレ(+ゴーレム)。
 周回プレイしないと仲間にできない、強力な仲間ですがなにせDOD世界、それぞれ狂気的な意味で個性あり過ぎる連中です。
 執筆者の独断と偏見で、簡潔にまとめますと……。




・『レオナール』
→ショタコン男。敵が少年だった時躊躇してしまい、迷惑をかけたので、カイムによく蹴られている。フェアリーにグサグサ心を抉られる罵声をあびさせられている。しかし、ゲームで使える仲間内では、もっとも使い勝手がいいバランスのとれたキャラ。戦いとは無縁だった生活をしていた設定に嘘だと言いたいぐらい強い。


・『アリオーシュ』
→エルフの女性。美人だけど人生が捻じり曲がる不幸に見舞われてしまい、精神が完全崩壊したカニバリスト(子供がターゲット)。隙あらばセエレを食べようとしている危険人物。悲しみの棘という変わった形の斧(剣?)を振り回して、広範囲に水と炎の魔法をぶちまけ、笑いながら戦場を走り抜けた後には、直視できない地獄絵図が残される…。


・『セエレ』
→DOD世界で唯一白い。DOD本編ラスボスのひとりマナの兄。純粋無垢なお子様。純粋過ぎるのはある意味で、毒。子供なので能力は一番低いが、保護者のゴーレムが容赦がない。













『竜騎士(ドラグーン)の珍道中?』






















「あはははははは、アカイあかいのいっぱい、きれーーー、ふふふふうふふふふふふふふふ」

「ゴーレム、あそこになにかあるよ。行ってみよう」
『セエレ、しっかり掴まれ』

「セエレ、そっちは危ないですよ!」
『あぶねーわけねーだろが! あんなでっけーお友達がいんだしよお! それともストーカーしたいわけ? ほんと救えない変態だよねアンタ!』


「………………賑やかだなぁ」
「……」
 上から順に、アリオーシュ、セエレ、レオナールとフェアリー、ルーク、カイム。
 ルークの呟きの通り、本当に賑やかである。
 緑広がる丘の上で体を丸めて熟睡するレッドドラゴンことアンヘルを背景に、カイムとルークは体操座りで空を眺めていた。賑やかにそれぞれ騒いでいる戦場で知り合った仲間と一緒に、彼らは今オールドラントという世界を旅している。
 別に旅をしたくてしているわけではないことを、まずは言っておこう。
 ルークを含め、カイムとアンヘル、レオナールとフェアリー、アリオーシュとサラマンダーとウンディーネ、セエレとゴーレムの面々は、オールドラントとは違う別の世界からやってきた。
 ルーク以外の面々は、魔物と契約を結び体の一部を引き換えにして強大な力を得た契約者で、強い、とにかく強い。そしてやばい。(※やばくなければ契約者になれません)

 奇声をあげながら悲しみの棘という剣なのか斧なのか分からない物騒な武器を振り回すエルフの美女がアリオーシュ。
 彼女と契約を結んだ二体の精霊、サラマンダーとウンディーネの話によると、元々は普通だったが夫と子供を殺されたショックで気が狂い子供ばかりを狙う恐るべき殺人鬼となってしまったのだそうだ。帝国軍が世界各地に勢力を広げている合間に捕えられ、そのあまりある狂気に魅かれた二体の精霊と契約して子宮を失うこととなった。
 そのような過去のある人物がまともであるはずがなく、出会った当初いきなりカイムに襲いかかって来た。ヴェルドレがいなかったら殺し合いに発展していただろうし、今こうして仲間として連れて歩くことすらできなかった。ヴェルドレの魔法によって暴走を防ぐ封印を受けたアリオーシュは、偽善(アンヘル曰く)とその力を買われたことでカイム達と行動を共にすることになったのだった。

 閉じたままの目で普通に歩ける温厚そうな男は、レオナール。
 声も言葉づかいも穏やかで、潔癖で争いごとを嫌う常識人……というのが表向きの顔である。しかし裏の顔は、幼い子供、特に少年を性の対象とする性癖の持ち主で、その性癖が彼の人生を狂わせ、フェアリーと契約するに至る原因になったといえる。
 口汚いフェアリーに四六時中罵られ、己の性癖と争いごとを嫌う常識人なところが災いして、アンヘルに迷惑をかけ、カイムに思いっきり嫌われてしまった、不憫と自業自得の薄幸な人生まっしぐらな人物である。
 しかし、ちょっと変わった性癖以外はただの一般人だったにも関わらず、仲間の中では、トップクラスのバランスの良い戦闘能力の持ち主である。

 巨大な土の塊の魔物ゴーレムと、はしゃいで笑っているのはセエレ。
 契約の代償に時間を失い、永遠に子供のまま生き続けなければならない少年である。しかも契約相手が無機物の魔物であるゴーレムなので、時間経過で契約相手が死んで後追いすることすらできないのだが、当の本人が全然そのことに危機感を持っていないのである。
 危機感が無い原因は、この面子の中で最年少だからだろう。純粋ゆえに罪深いといえるかもしれない。
 なにせ子供を食欲的な意味で大好きなアリオーシュと、性癖がちょっと変わっているレオナールがいるのだ。なのにまったく危機感がないため見ている方はヒヤヒヤものである。

 阿鼻叫喚の地獄絵図をそのままにした戦場と色んな事情抱えた仲間達の中で、未熟な心のまま殺戮を繰り返す紅い悪鬼と呼ばれていたルークは、未熟だった心を育てていき、今ではカイムと並んでぼんやり空を眺めるまでに感性や喜怒哀楽の感情表現などを身につけた。
 なんでこんなヤバイ面子に囲まれて人間らしくなれるんだというつっこみが常識人からいれられるが、たまたまルークが環境に適応しただけの話である。
 ルークを含めて色々ヤバイ面子が揃った集団は、ただいま絶賛もとの世界へ帰れない状態である。
 オールドラントを旅してるのはそのせいだ。

 帝国軍の支配者であるマナの双子の兄であるセエレは、マナを救うために戦いに身を投げたのだが……。
 帝国軍の空中要塞で、マナを追い詰め、復讐に燃えるカイムからマナを庇うセエレだったが、マナはもう取り返しのつかないところまでいってしまったと理解することとなってしまう。そして自分ではもう救うことができないと絶望した彼は、自分の手で愛する片割れを殺すことを決意した。セエレは、マナを殺すようゴーレムに指示を出し、神と言う狂気にとりつかれてしまった双子の妹の暴走に終止符をうったのだった。

 その時、彼らの世界は音を立てて壊れた。

 気味悪く濁った空から現れたのは、赤ん坊のような、まるで天使のような無垢な形の白い敵の大群。
 白い敵は、生きとし生きるものを貪り食い、世界を覆い尽くさんばかり増え続けた。
 彼らの親玉と思われる巨大な女の姿をした白い敵は、世界の大いなる時間を吸収し、瞬く間に妊婦のように腹を膨らませた。
 絶望するヴェルドレに対して、カイム達は戦いをやめることはなかった。いや、やめることができなかった。今更戦いをやめたところで待っているのは滅びしかない。契約者として殺戮の限りをつくしてきた修羅は、最後まで殺戮を続けるしかなかった。
 しかしやがては力も尽き、もうこれまでというところで、死を覚悟したルークはふとある旋律を思い出した。
 無意識に口ずさんだその旋律は、どういうわけか白い敵達を消し去った。
 この瞬間、深すぎる絶望の中に僅かな希望の光が見えた。
 光明が見えた時、取るべき行動は決まった。白い敵の親玉と思われる巨大な女にその旋律をぶつけるのだ。
 アンヘルはカイムとルークを乗せて、ほぼ特攻に近い形で敵の大群が舞う空へ舞い上がった。
 しかし敵も馬鹿ではなかった。
 巨大な女に近づいた途端、女は身を起してルーク達を睨みつけた。その瞬間、周囲の空間が歪み、歪んだ時に出来た穴から強烈な吸引力が発生した。
 アンヘルは必死に吸いこまれまいと耐えたが、アンヘルの背中にしがみついていたルークが耐えられなかった。
 カイムが手を伸ばしたが手遅れで、ルークはあっという間に歪んだ空間の穴に吸い込まれてしまった。


 そしてルークは、ここ、オールドラントにやってきた。
 ルーク・フォン・ファブレという人間として存在することになったルークは、最初こそ抵抗したが、誰も相手にはしてくれなかった。
 まったく違う世界で、ルークはたったひとりだった。
 たったひとりで耐えることができたのは、カイム達との日々があったからだ。あの血生臭すぎる狂気に満ち溢れた戦場での生活を超える過酷な生活もそうあるまい。
 カイム達がいないことを寂しく思いつつも、ルークは生きることを選んだ。
 記憶喪失と決め付けられて軟禁されても、親友を称しつつ憎しみの目を向けてくる使用人や、ルークの記憶が戻ることを求め続ける王女や、屋敷に突然襲撃してきた女や、和平がどうのと言う眼鏡の男や、体の弱い導師や、キャピキャピ媚びてくる小娘に囲まれていいように罵られる的にされても無視を決め込んでいた。彼らが耐えかねて暴力に踏み切ったなら遠慮なく殺して、かつて赤い悪鬼と呼ばれていた頃のような野性の生活に戻ればいい。むしろその方がいいんじゃないかと思い始め、アグゼリュスという鉱山の街へ行く途中からタイミングを図った。
 そして、アグゼリュスに到着してから同行者達が明々勝手に行動する背後から襲おうと剣を抜こうとした、その時だった。
 あの時ルークが吸いこまれた次元の歪みがオールドラントに出現し、そこからアンヘルに乗ったカイム達がやってきたのだ。
 次元の歪みの向こうに消えてしまったルークを救出するために一か八か突入したと聞き、ルークは嬉しくて泣いた。
 さああとは帰るだけだと思ったら、カイム達が出てきた次元の歪みが消えてしまった。あの白い敵を置き土産に残して。
 こんな嫌な置き土産は願い下げだと思いつつ、こういった洗礼を受けるのはもう慣れっこのルーク達はさっさと白い敵を片付けた。無限に湧いて出てこないのが何よりの救いだった。
 アリオーシュが大喜びで死んだ敵を切り刻んで食べているのを横目に、これからどうしようかと話し合い、出した答えは、白い敵達にとってルークという存在が最大にして唯一の脅威だという予測を信じて、敵が再び次元の歪みからこちら側に来た時に、その次元の歪みに飛び込む方法でもとの世界に戻ることだ。
 むしろこれしか思いつかなかったというほうが正しいが、やることが決まったら行動が早いカイム達。
 ルークと行動を共にしていた同行者達は、突然現れたアンヘルやカイム達に驚いてルークに問い詰めてきたが、ルークは適当にあしらい、カイム達と共に去って行った。


 そして話は、冒頭に戻る。
 次元の歪みを探してオールドラント中を飛び回っていたらアンヘルが疲れたと言ったので安全そうな、そして寝心地の良さそうな場所を選んで休息をとることにしたのだった。
 フカフカの芝生の上が大層気に入ったのか、アンヘルはすぐに爆睡してしまった。よっぽど疲れていたんだなと、カイムが心底申し訳なさそうに俯いてアンヘルを撫でた。
「ここには長居しない方がよさそうです……」
 レオナールがセエレを連れて戻って来るなりそう言った。
「早くしねーと、あの白い奴らが俺達の世界を食い尽くすかもしれねーしな」
「いいえ、そうではありません」
「なに?」
「……」
 ルークとカイムが顔をしかめてレオナールの方に顔を向ける。
「ルーク。この大地はいったいどういう構造になっているかご存知ですか?」
「…んーと、確かセフィロトとかプラネットストームとか……。あ、そうだ魔界(クリフォト)ってのがあるとかないとかって本にあったな。詳しい事はなんか曖昧でよくわかんねーけど」
「そうですか…」
「……」
「カイムがさ、なんかやばいことでもあんのか?って言ってるぞ」
「始めにこの世界に来た時に視えたのです。この世界の大地の下には信じられないほど巨大な空洞があります。どういう原理でこれだけの質量を浮かせたままでいられるのか分からないほどの」
「クウドウってなに?」
 首を傾げるセエレに、レオナールは、セエレにも分かりやすく説明を入れながら話を続けた。
「簡単言えば隙間のことですよ。普通なら大地の下に何らかの原因で空洞ができてしまったら上の分が重力に従って崩落してしまうはずです。何か強大な力や技術を用いてあれほどの巨大な空洞を保ちつつ、その事実をこの大地の上に住む住人達が知らないということは、つまり……」
「つまり?」
「意図的に空洞がある事実を隠していることと、そしていつか崩落する危険を知らないままでいるのではないかと……」
「……それはやべぇな」
「……」
 レオナールが言いたいことは、オールドラントに長居していたら、いつか必ず起こるであろう大地の崩落に巻き込まれてしまうということだ。もとの世界で、遠くにある封印の安否を感じ取ることができるレオナールが言うのだからほぼ間違いないだろう。自信がなさそうなのは、ここが異世界だから自分の感覚にちょっと不安があるからだ。
『…意図して隠す理由だと?』
「アンヘル!」
「…!」
 アンヘルがいつの間にか起きていて、そして会話に加わって来た。
「確証が持てたわけではありません。情報が足りないので」
 レオナールが言うと、アンヘルがふんっと鼻息を吐いた。
『我の夢に上がり込み、語りかけてくる小うるさい者がおった』
「なんですって!」
「本当か、アンヘル!」
「……」
『心配するなカイム。問題はない。我の夢に勝手に入り込んできた輩は、やたらと必死に敵ではないと念を押しておった。信用などできるわけがない、すぐにでも夢から追い出してやれたのだが気がかりなことを口走りおった』
「何を伝えてきたのですか?」
『このオールドラントのいう世界は、人間どもの文明の力で大地を浮かせている。それが今から二千年と少し前のことらしい。障気という毒を封じ込めるためにやったことのようだが、それももう限界がきて、大地が間もなく崩落して世界が滅ぶとな……』
「うーわー……」
「……」
 ルークが声をあげたのは呆れからだった。カイムも口の端をひくつかせている。
 なんでそんな危険な状態なのに、そのことに関する情報が曖昧で、ルークが見た限りでは対策すら取ってもいないようだった。この世界の住人は根っからの自殺志願者なのだろうか?
『自らが詠んだ預言(スコア)の通りに世界が滅ぶのが嘆いておったな。ならばどうするのだと聞いてやったらなんと答えたと思う?』
 アンヘルはクックッと笑いながら言った。
『……預言通りにならぬよう力を貸してはくれないか。どうやらこの世界に来たのは偶然ではないらしい』
「他所の世界に助けを求めるなって……」
「……」
「僕らに助けてほしいってこと? でもどうして僕たちだったのかな?」
「他には何か言っていなかったのですか?」
『あんな無礼な奴のことなどこれ以上思い出したくもない!』
 アンヘルは、フンッとそっぷを向いて心底嫌そうにそう言った。
 ……アンヘルにここまで嫌がられることを、その夢に侵入してきた輩はやってしまったんだろう。アンヘルは自他共に認める誇り高い生物であるドラゴンだ。元々他人に媚びるとか願いを聞いてやるとか目線を合わせるとかそういったことを死んでもやらない美しい生物なのだ。そのドラゴン(アンヘル)を惚れさせたカイムがものすごいのである。
 珍しく怒っているアンヘルの様にレオナールが冷や汗をかきつつ、カイムにこれからどうするかと意見を求めた。
 滅びるまで時間がないもといた世界。もうすぐ滅びようとしているオールドラント。選ぶならどっちだ?
 ……オールドラントに何ら思い入れのない彼らが出す答えなど分かり切っている。
「……」
「うん……。帰ろう。何が何でも、俺達の世界に」
 声がないカイムから伝わって来た彼の答えに、ルークが力強く頷いた。
 レオナールやセエレは気にしていたが、有無を言わさぬカリスマ性に富むカイムには逆らえない。レオナールは、オールドラントの滅びはこの世界の定めであり、他所の世界からやってきた自分達が干渉するべきことではないと自分自身に言い聞かせ、ひとりで納得した。セエレは最初こそ戸惑っていたが、カイム達についてくるうちにオールドラントが滅びそうなことを忘れたのだった。
 再びもとの世界に帰るための行動を開始したカイム達。
 その途中でルークは、ふと思った。
 アンヘルの夢に侵入して自分達に助けを求めてきた何者かのことだ。
 アンヘルの話しでは、相手は『自分が詠んだ預言』と……言っていた。つまり譜石を残した張本人なのだとしたら、相手の正体はユリア・ジュエという、聖女として崇められている女だ。確かティアとヴァンがユリアの子孫だったはずだ。無礼なのは、先祖代々受け継がれてきたのかもしれないという想像をしてルークはつい笑ってしまったため、仲間から変な目で見られた。
 しかしこれはあくまでもルークの想像にすぎない。例えユリアが本当にアンヘルの夢に出てきて助けを求めていたのだとしても、アンヘルを怒らせたし、そもそもオールドラントにさしたる興味もない。
 この世界で聖女と崇められている女がどれだけ嘆こうと、世界中の人間がすがってきたとしても、助けてやる気はなかった。
 潔癖なレオナールと幼子のセエレはともかく彼らは善人ではない。
 血で血を洗うために戦い、生にしがみ付く醜い狂人なのだから。

 アンヘルの背に乗って空の旅を始めたのもつかの間。突然街が、大地が沈んで行くのを目撃した。
 ルークは、そこがセントビナーという街だと説明し、それから崩落していく大地の上で右往左往していた人々を助けて回っている、かつて一緒に行動していた者達の姿を発見した。
 アグゼリュス手前でカイム達と再会したので、その後彼らが何をしていたかなど知らないし、知る気もないが、沈んで行くセントビナーに取り残されてしまった人間達を発見した。そして助けに行けそうにないと考えたらしい元同行者達が話しあって街から離れていった。何か策があるのだろう。
 それを遠くの空から見送ったルーク達。
 ふとルークが何か思い出して、アンヘルに頼みごとをした。
「なあ、アンヘル、この近くにチーグルの森ってのがあんだけど、そこ行ってくれねーか?」
『そんな場所になんの用がある?』
「あ…えーと、そのちょっとな」
『はっきりせんか』
「…、…」
『…カイム。やけにルークにはだけは甘くなったな…』
「!」
 相棒に言われて激しく動揺したカイム。後ろの方でセエレを抱えてアンヘルに跨っているレオナールが今気付いたのか!?っとつっこみをいれそうになった。声に出さなかったのは、言ったら絶対に照れ隠しのために蹴られてアンヘルから突き落とされるからだ。契約者だからちょっとやそっとじゃ死なない丈夫な肉体だけれど、フェアリーが自分の肩の上でつっこむな!と叫びながら自分の耳を引っ張って止めたのでレオナールは堪えた。

 ルークの頼みを承諾したカイムによって、チーグルの森にやってきた一行。
 アリオーシュが勝手にどこか行かないように常に注意しながら森の中を進んで行くと……。
「ご主人さまーーーーー!」
「うおっ!」
 チーグルの巣の手前あたりで青い毛玉がルークの顔に飛び付いた。
「…!」
「ちょ、おま、離れろコラ、ミュウ! カイムも剣をしまえ!」
「また会えて嬉しいですの! もう会えないと思ったですの!」
「うるせぇよブタザル! 別におまえのために来たわけじゃねぇよ!」
「ここへ来たのは、この子に会うためだったんですか?」
 レオナールが聞くと、ルークはミュウを顔から引っぺがし、ばつが悪そうにそっぷを向いた。
「なにそれ? 可愛いね」
「僕の名前はミュウですの。ご主人様に恩返しするためにご主人様にお仕えするですの」
「へー、すごいね。僕はセエレ、よろしく」
 どういう意味ですごいと思ったんだセエレ…。(アリオーシュ以外のカイム一行のつっこみ)
「それより、おまえやっぱあいつらと一緒じゃなかったんだな?」
「僕がお仕えするのはご主人様だけですの。ティアさん達じゃないですの」
「で、俺が離脱したからついて行く意味がなくなって、住処に戻ったってわけか」
「はいですの。ご主人様に置いて行かれて、すごく悲しかったですの」
 その時のことがよほどショックだったのか、ぐずり始めたミュウ。
「ご主人様にまた会えてうれしいですの」
「……」
「…この世界を去る前に顔を見ておきたかったんですね?」
「ば…、ち、ちげーよ!! なに言ってやがんだこのド変態!」
「どへんたい……」
『気持ちわりい契約者だな!』
 ガクーンと、乙女座りで落ち込むレオナールを、フェアリーが蹴った。
 だがレオナールの言葉に咄嗟に反論したルークは、間違いなくミュウに会うためにチーグルの森に行きたかったということを肯定している。
 その証拠にさっきからミュウを大事そうに抱きしめている。
 口と行動が違っていてそれが微笑ましくもあり、敵を斬ってる時以外で笑わないカイムが思わず口元を緩めるという超レアな顔が見れたのだった。
『本当におまえは変わったな、カイム』
 契約相手であるアンヘルにカイムの感情が伝わり、アンヘルが苦笑してそう声をかけたのだった。
 と、その時。
 地震が起こった。
 それは外郭大地が崩落する前兆で、セントビナーの崩落の影響がエンゲーブまで伝わり、その近くにあるこのチーグルの森も当然その被害を受ける。
 やがて地震が治まるまで、ルークはミュウを大事そうに抱きしめたままだった。
『…このまま、この異世界で最後を迎えるわけにはゆくまい。ルーク、さっさとその小さきモノを置いていけ』
「…わかってる」
「みゅう…。ご主人様、ミュウはご主人様とお別れするのは辛いですの、悲しいですの。でも、しょうがないですの……」
「……」
「ミュウのご主人様は、ご主人様だけですの。ミュウは、ずっと忘れないですの。死んでも忘れないですの」
「…あー、たく、このブタザルがぁ! やっぱおまえに会いに来るんじゃなかったぜ!」
「みゅう〜〜〜!」
 ルークは悪態を吐きながら力いっぱいミュウを抱きしめた。
 苦しがるミュウ。
「……さよなら。…ミュウ……」
 ルークの声は弱々しく震えていた。
 この世界で、異世界から来た自分をひたむきに慕ってくれた小さな友達。

 こうして、ミュウと最後のお別れをしたルークは、カイム達と共にもとの世界へ帰る方法を探す旅を再開した。

 どうすればもとの世界に帰れるか。

 最初は白い敵が出てきた時を狙って、その時に開く歪に飛び込もうという案が出されていたが、オールドラントに来ることになった原因は、あの白い敵達が大いなる時間を喰ったせいもあるが、オールドラントに自分達を呼び寄せた者がいたというのもあるようだと分かった今、いつまでたっても姿を見せない白い敵を探し回っていてはだめだという判断が下された。
 ルークの予想で自分達を呼んだのが、ユリア・ジュエではないかと考えられたが、ルーク達はオールドラントを救う気は一切ない。
 かくなるうえは、このオールドラントを崩壊に導いてでももとの世界に帰るつもりでいる。
「話をまとめますと、大いなる時間が失われ、それによってできた歪から、ユリアという女性が我々をこの世界へ招いた…。これが我々がこの見知らぬ世界オールドランへ来ることとなった原因ということになります……。しかし召喚者と思われるユリアはすでに故人。この世に残るその方の念がまずルークを呼び寄せ、つづいて私達を呼び寄せた。術による制限は感じられないので、この世界に縛られているというわけではありませんね。あくまでたまたまユリアの念に引っ張られてしまったというだけでしょう。手段さえ見つかればすぐにでもこの世界から去ることができます」
「もとの世界に帰れるの?」
 セエレが首を傾げながら聞いた。
「ですが、かなり危険ですよ。段階を経た召喚と違い、もといた世界への道が築かれていない以上、下手をすれば世界と世界の間にある虚無をさ迷うか、あるいはこことは違う世界に迷い込んでしまうかもしれません。それでも空間にできる歪みを使う手段を選ぶのでしたら、私はそれに従います」
「ぼくもそれでいいよ」
「フフフ……、きれい…」
 精神が完全崩壊しているアリオーシュは、その辺の草花と戯れていた。
 レオナールは、カイムに決断を求めた。
「……」
 カイムは、考える間もなくすぐに答えを出した。
 いままでだってそうだったのだ。今更リスクが高いからと言って避けるなどという甘っちょろいことはしない。
 そして、空間の歪みを見つける方法を探すべく、カイム達は行動を開始した。
「…とは言ったものの、いったいどうすればよいのでしょう」
 レオナールが今更ながらそんなことを口にした。
「うーん……。なあ、アンヘル。なんかいい案はねーか?」
『少しは頭を使え、小僧。…我が見た所、この世界の文明は我らのいた世界よりも進んでおる。ならば使えそうな脳味噌のある者を使えばよかろう』
「あ、それなら宛があるぜ! ナイス、アンヘル! それならさっそくそいつをとっつかまえにいこうぜ!」
『ルーク、この世界について知識のあるのはおまえだけだ。おまえが我らを導くのだ。カイムもお主を頼りにしておる』
「任せとけ!」
 ルークは、カイムに笑顔を向けた。
 そしてルーク達は、ダアトのあるパダミア大陸へと向かった。
 ルークが言う宛というのは、六神将のひとり、死神のディストのことである。
 ルークは、カイム達と再会するまでの間にディストがジェイドに次ぐ天才であることを知った。だからディストの頭脳があれば自分達の世界に帰れる手段が見つかるはずだと考えたのだ。
 とはいえ、頼んだところで応じるとは思えないので、脅すつもりである。それはもう徹底的に。
 なにせこちらとら血みどろ狂気に侵された修羅ばかりの集まりなのだから下手な拷問よりも恐ろしい狂気で精神を追い詰める自信はある。
 ルークがジェイドを選ばなかったのは、直感で、ディストの方が扱いやすいと思ったからだ。
 やがてパダミア大陸に辿り着いた一行は、飛行音機関アルビオールの操縦士を人質として、ジェイド達を脅していた六神将のディストを発見する。
 すぐさま襲いかかった。
 突然の強襲で混乱が起こる。しかしそんなことはおかまいなしである。例えアンヘルの巨体が質素で脆い作りの建物ばかりで埋め尽くされたダアトを破壊しようとも。それで犠牲が出ようとも。

 どれだけその手を血で汚しても
 死体を積み上げ続けても
 決して彼らは足を止めない

 ジェイド達を取り囲んでいたアリエッタの魔物とオラクル兵と、ディスト以外の他の六神将に、アンヘルから飛び降りてきたルーク達が襲いかかり、蹴散らしていく。
 いきなりのことに反応が遅れたディストを、カイムが当て身をして気絶させた。
 ルークのことを、ライガクイーンを殺したひとりとして数えていたアリエッタが、魔物を従えてルーク達に襲いかかった。
 しかし魔物の群れもアンヘルの前では赤子の手を捻るようなもので、あっけなく魔物の群れは蹴散らされた。
 アンヘル達の襲撃に気付いて集まって来たオラクル兵も、踊り狂うように“悲しみの棘”を振り回し水と炎の魔法を惜しげもなく使用するアリオーシュと、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷一つ付かない硬度を誇る巨大なゴーレムを従えたセエレに殺されていく。
 少数精鋭のはずなのに、一方的な殺戮劇が繰り広げられていた。
 そんな中、勝ち目がないと本能で悟ったアリエッタは、恐怖に支配されるが、まだ息があったライガの一匹をルークが笑いながら蹴飛ばしたのを見てついに何かが切れてしまったらしく、奇声を上げながらルークに襲いかかった。
 だがしかし、その小さな体はルークの眼前で胴体を真っ二つにされ、無残にも魔物達の血の海に転がった。
 彼女を斬ったのは、ルークと肩を並べて戦っていたカイムだ。アリエッタの目にカイムが映っていなかったために、こうもあっさりと一刀両断されてしまったのだ。
 上半身と下半身を切り離されてしまったアリエッタが息絶える直前にママ…っと呟き一筋の涙を零したのを、ルークは冷めた目で見下ろしていた。
 カイムは、切り捨てたアリエッタの死体を一遍もせずに、剣に付着した血を払うと、肩に担いでいたディストを担ぎ直してルーク達と共にアンヘルに跨って飛び去って行った。
 残された者達の悲しみと怒りと混乱の声に振りかえることは、一度もなかった。





「と、いうわけだから、頼むぜディスト」
「なにを馬鹿な…。いきなりそんなことを言われて頷くわけ…ひぃ!!!!」
 ルーク達に拉致されたディストは、いきなり異世界への移動方法を探せと言われて、理不尽だと反論したが、地面に座り込んでいたディストの股の間の地面にカイムが剣を突き刺したので反論は悲鳴に変わった。
『おい眼鏡! 素直に言うこと聞かねーと、このコワーーーイ兄ちゃんがぶちぎれちまうぜ、ぎゃはは!』
「…お気持ちは察しますが。なんとか協力をしてもらえませんか?」
 脅すフェアリーと、ひとり控え目な態度でレオナールが接する。
 しかしカイムの殺意にあてられ、ディストは余裕を失っていた。
 仮にも六神将としてオラクル騎士団に籍をおいているのだからこの程度のことでへこたれてはならないのだが、カイムのそれはディストが経験したものとは天と地の差がある異質で濃厚なものだ。人外の者と契りを交わし、絶大な力を手にした異端ということも、カイムの殺意を強化しているのかもしれない。
 ルークがディストを標的にしたのは正解だったのだ。ディストは契約者の魔性に充てられてすでに屈服しかけている。
 色んな意味で鈍いジェイドではこうはならなかっただろう。
 ディストが簡単に堕ちそうになっている理由が、彼が亡くなった恩師を蘇らせて幸せだった昔に戻りたいという愚かな願いを叶えようと奮闘しているからなのだが、ルーク達がそれを知る由もなかった。
『…我は、さっさとこの胸糞悪い世界から去りたいのだが……、どれ、我が手を貸してやろう』
「な、なにを……、ぅぐっ!?」
 アンヘルの目がディストにまっすぐ向けられた瞬間、ディストの体が大きく反り返った。
「! これは、…アンヘル殿、なんということを…!」
『それがどうした?』
「いくらなんでもこれはむごい! この術は魂が破壊されかねない!」
『今更偽善を並べるのか? おまえは今まで何をしてきた? ただ離れた場所から傍観していただけであろう? しかも自ら手を下すことさえあった。ためらう必要がどこにあるというのだ?』
「くっ…」
「レオナールのおっさーん、アンヘルの言うとおりだぜ。あんたどこにも行くあてがないんだし、どーせ俺達についてくんだろ? そんなら文句言うんじゃねーっての」
「……」
 嘲笑うアンヘル。呆れかえるルーク。冷めた目を向けるカイム。
 唯一セエレだけが、レオナールに同情して慰めた。
「あ…ぐ、が……」
『さて我の呪が馴染んだところだな。さっそくだが我らのためにその知恵を使え、我が傀儡よ…』
「……はい」
 ディストが単調な口調で返事をした。その目はうつろで。まるでルーク達がもといた世界の、あの帝国兵達の目を彷彿とさせた。
 それからは簡単だ。
 アンヘルの操り人形になったディストは、ルーク達が期待していた以上の成果をあげ、レプリカのセフィロトのパワーで空間をこじ開け、ルーク達がもといた世界に帰る方法を編み出した。
 しかしこの方法。実行したあと、なにが起こるか分からない危険極まりないものだったが、ディストから絞り出した情報で、この世界の破滅がルーク達が考えていた以上に間近に迫っていることが分かり危険は承知で(今さらであるが)実行することを選んだ。
 本来ならこのレプリカセフィロト、ヴァンがレプリカの大地を創るために考案したものだったが、こんな使い方をされるなど誰が想像しただろう。
 レプリカは、この世界において複製品を意味し、この世界にある音素と呼ばれる物質から創られている。それはつまりレプリカセフィロトのパワーは、この世界そのもので、それをまったく違い世界に渡るために利用すれば消費されたものはこの世界に還元されることはなく、悪戯に世界の寿命を削り取ることになる。
 そうなれば預言通りに世界が滅びる前に滅ぶかもしれないし、音素が急激に失われてしまってヴァンの野望も叶わない。
 そんな大問題を引き起こそうとしている彼らを、誰が黙ってみていることができるだろうか?
 紅きドラゴンと、恐るべき力を秘めた狂戦士達の噂はすでにオールドラント中に広まっていた。
 あれだけダアトで暴れたのだから仕方ない。
 レプリカセフィロトを作成し、それで時空に穴をあけるという作業は当然のことだが大がかりなものになる。人の目にとまらぬはずがなかった。
 各国は、音素の大量消費を。
 ヴァンは、己の野望のために。
 それぞれがこの非常事態に気付き、ルーク達を止めるために動き出した。
 国を治める王からの要請を受け、かつてルークが同行していた者達(+アッシュ)も動いた。
 本来ならレプリカ大地を作るために用意されていた機材が改造され、レプリカセフィロトの噴出口を作りあげ、レプリカセフィロトに引かれて集まった音素が固まり、海の上にちょっとした陸地が出来あがっていた。
 キラキラと落ちる音素が雪のように舞い落ちる光景は美しい。
 しかしこの美しさがひとつの世界の命を削り取ってできているのだ。
 ここへ来た者達は、目的のために先を急がねばならないのだが、つい美しいこの光景に目を奪われてしまうのだった。
「なんと美しい光景なのでしょう……」
 ナタリアがたまらずそう口にした。
「そうだな…。本当にきれいだ……。世界が滅ぶなんて考えられないよな」
「無駄口を叩いてる場合じゃねぇ。早く中枢を叩かなきゃならないんだぞ。そうだな眼鏡っ?」
「ええっ。今、オールドトラント全土の音素を吸い上げられています。このままでは、音素が枯渇し、生活はおろか、惑星そのものの活動が停止してしまうでしょう。とはいえ…、実際に潜入して見れば、この音素の集まり方……、例え中枢を破壊しても……、うーん、非常にまずいですねぇ」
「ちょっとちょっとぉ、大佐ぁ、なんでそんな不安になるような言い方するんですかぁ?」
 いつもの明るさを保とうとするものの、不安で声が震えて顔も青くなってしまったアニスがジェイドに問いかけると、ジェイドは苦笑いを浮かべて、あっさりと不安を肯定してしまった。
「中枢を破壊しても、吸われてしまった音素は戻りません。ですから、結局オールドラントそのものの寿命は短くなってしまうでしょう。こればかりは人間の技術ではどうすることもできませんねぇ」
「そんな…! なんてこと!」
「くそっ…、あのクズがまさかディストの野郎を使ってこんなマネをするとは…、ユリアシティで始末しておくべきだった、ちくしょう!」
「アッシュ…」
「……」
 例え戦いを挑んだとしてもあの狂戦士達(+ドラゴンと精霊(×2)とゴーレム)に返り討ちにあっていただろう。ジェイドはそう思ったがあえてつっこなかった。すでに彼にはこれから起こる結果が見えていたのかもしれない……。
 ジェイドはそのことを口にはしなかった。
「……とにかく、今こうして立ち止まっている時間ももったいないので先を急ぎましょう。道が険しくなる一方ですからね」

『フンっ。ネズミが入り込んできおったな』

 どこからともなく聞こえてきた声に、ジェイド達はびっくりした。
 聞き覚えのある声だった。
「この声は…、あ、えーと、確かユリアシティに出てきたあのでっかくて赤いトカゲ! あいつだあいつ!」
 アニスが思い出そうと頭を捻る。
「てめぇ、どこにいやがる! レプリカの奴もそこにいるのか!?」
 アッシュが勇猛盛んに剣を抜いて天に向かって叫んだ。
 するとそれを見て、馬鹿にするような笑い声がした。
『威勢だけの小童が…、暇つぶしの相手にぐらいなってもらうぞ』
「なっ…?」
「やばい、みんな逃げろ!」
 次の瞬間、赤い巨体が、猛スピードで上空から降下してきた。
 ジェイド達が慌てて逃げると、赤い巨体…レッドドラゴンのアンヘルが着地して彼らを見おろした。
 アンヘルの背中には誰も乗っていない。アンヘルは一匹だけで来たらしい。
『我らの世界に戻る道はまだ開かぬ。それまで暇つぶしの相手でもしてもらおう。無力に地を這い、無駄な足掻きを続けるおまえ達のためにこの我がわざわざ出てきてやったのだ。さあ、武器をとるがよい』
 アンヘルは、ジェイド達を見下してわざと挑発する。
 プライドの高いドラゴンであるアンヘルにしては珍しく好戦的だ。
「もとの世界に戻るだって? そうか、ユリアシティで別の世界から来たって言ってたよな…。けど、だからってこんな…、俺達の世界を滅ぼしてまでもとの世界に帰る気なのか! そんなことをして許されると思ってるのか!」
 ガイが叫ぶ。しかしアンヘルは鼻で笑った。
『フンッ、すべてのモノはいつか滅ぶ定めにある。それが遅いか早いかだけのこと。許す? 許される? 誰がそれを決めるのだ? たかが人間が神にでもなったつもりか? 傲慢な虫ケラごときがなにができるというのだ?』
「傲慢なのはあなたよ! どうしてそこまでして! 誰が許すとか許さないじゃないわ、私達はあなた達を止める! 私達の世界を滅ぼさせはしないわ!」
『……小娘…、貴様からは胸糞の悪い匂いがするな…。そうかおまえがユリアとかいう女の子孫か…、似ている…、その身に纏せている匂いが…、我の意識にズカズカと入り込んだ不届き者……、我らをこの世界に呼び寄せた女……』
「なっ、どういうことだ!?」
「あなた方を呼んだのがユリア? それは本当のことですか?」
『ええい! 我の前でその女の話をこれ以上するな! 気が変わった、暇つぶしで遊んでやろうかと思っておったが、貴様ら…、特にそこの女!』
「!」
 名指しされて、アンヘルの怒りにあてられたティアが思わず竦んだ。
『女、おまえだけは絶対に殺してやる! そして地獄で先祖に伝えろ、我らを呼び出したツケは…、おまえの先祖が、救えと言ったこの世界の滅びで払えと!!』
 珍しく感情を露わにしたアンヘルがばさりと大きな翼を広げた。
 その時に放たれた風圧と、アンヘルの口から吐き出される熱気のある息は、ジェイド達に死の危険を知らしめるのに十分すぎた。世界が違うとはいえ、ドラゴンたるアンヘルがどれだけ強いかは伝わるらしい。現にアニスなどはトクナガを繰り出すどころかその場にへたりこんで失禁までして震えているだけだ。

「アーンヘールーーー!」

 しかし折角のシリアスな空気をクラッシュしたのが、ルークだった。その後ろにカイムもいる。
 呑気な呼び声のせいで大げさなぐらいガクッとずっこけたアンヘル。
「準備ができたから呼びにきた…ってなにやってんの?」
『空気を読まんか、この馬鹿者がぁぁぁぁぁぁ!!』
「な、なんで怒ってんだよ?」
「……」
『な…慰めなんかいらんわ!!』
 カイムに声をかけられてプイッとそっぷを向くアンヘル。さながらツンデレの乙女のようである……(実際カイムに恋に似た感情を持っているし、ドラゴンは性別不詳なのであながち間違いではない)。
「ルーク!」
「あん? なんだ、おまえらか。何しに来たんだよ」
「よく平然とそのようなことを言えますね。こんなことになったのは、すべてあなた方の仕業だというのに」
「…あー、そういうこと? それがどうかしたか?」
 ルークは平気な顔で胸を張って言った。オールドラントが滅ぶことに対して完全に他人事である。
 隣にいるカイムは、横目でルークを見ながら、『なんかアンヘルに似てきたなぁ』っと心の中で思っていた。
「クズが…、とことん腐りやがって…」
「だからなんだ? そっくりさん。うわ、血管浮いてるし、うけるーv」
「黙れ!」
 アッシュが叫び、ルークに斬りかかった。
 ルークが軽々とその攻撃を剣で受けとめると、アッシュの動きに呼応して動けないでいたティア達が攻撃に移り始めた。
 カイムがやれやれと剣を抜こうとしたが、ふと手を止めた。
 カイムがレプリカセフィロトの方角をちらりと見ると。
 無数の光の矢のようなものがジェイド達に降り注いだ。それはカイム達の世界にある魔法だ。威力は、禁術とまで言われる譜術に匹敵する威力を持つ。つまりまともに喰らったらひとたまりもないのである。
「なにをやっているのですか!」
 姿を現したのは、レオナールだ。
 光の矢は、彼が放った魔法だ。
「あまり長くはもたないのですよ! 急ぎましょう!」
「ああ、わりぃ。急ごうぜカイム!」
「……」
 急かすレオナールに謝罪しつつカイムに目を向けると、カイムはこくりと頷いた。
 そして三人は急いでアンヘルの背に乗り、セフィロトの中心で待機しているセエレとアリオーシュを回収するために飛び立った。
 レオナールの魔法であっという間に戦闘不能に追い込まれたジェイド達は、彼らを追わなければならないと頭で思っていても立ち上がることすらできず、遠ざかる紅き竜を見送ることとなってしまった。
 ジェイドはうつ伏せに倒れたまま、空を見上げた。
 オールドラントの音素を消費してついに開かれた時空の扉が、天を貫く光の柱のような形で出現していた。
 レオナールが長くはもたないと語っていた通り、大がかりではあるが不安定であることがジェイドの譜眼で見ると分かった。
 ハラハラと舞い落ちてくる音素の光の量が、明らかに増えていた。
 凄まじい轟音と共に、天を貫いていた光に沿って赤きドラゴンが羽ばたく。光の柱の放流は、ドラゴンを導き、やがてドラゴンは、天の向こうへ姿を消した。
 光の柱はやがて徐々に勢いを失い、美しかった音素の光の粒も消え、柱が貫いていた跡の穴がぽっかりと空いた不気味な灰色の空と、力を奪い尽くされて鈍い灰色になった音素の結晶だけが残された。
 ルーク達は、この世界から去った。
 果たしてもといた世界に帰れたかどうかは定かではないが、ルーク達がこの世界に残した爪跡は大きい。
 ジェイド達は、しばらく、その場から動くことができなかった。各自、座り込んで、それぞれ想いを馳せる。
 全てが終わってしまった今、何をやってももう遅い。
 すると、黄昏るジェイド達の耳に、不思議な声が聞こえた。

『おお……、なんということだ』

 その声の主に心当たりがあったのか、アッシュが一番に反応した。
「その声は!」
『なんということだ…。最後の希望は、潰えてしまった』
「あなたは何者ですか?」
 ジェイドが尋ねると。
『我は、お前達がローレライと呼ぶモノ』
「ローレライ! まさか、あのユリアと契約したと言われるローレライなの?」
『我は、間もなく消える…。オールドラントは、滅びる』
「答えろ、ローレライ! 世界を救う手はもうないのか!?」
『……ルークは、オールドラントを救える、たったひとつの希望だった。しかし、ルークは、オールドラントを捨てた。ルークは、オールドラントを愛さなかった……。お前達は、ルークの心を繋ぎとめることができなかった』
「わたくし達の責任だと言いますの? なんと身勝手な…。わたくし達は知りませんでしたわ!」
『我は、オールドラントの音素集合体のひとつに過ぎぬ。ただそこにあるのみ。他の集合体と同じく、オールドラントのすべての命をただ見守ることしかできぬのだ。世界は違えど、ルークは、人の子だ。同じ人でなければ、意味がなかったのだ』
「ルークに見放されなければ、このような事態にならずにすんだのですね?」
『その通りだ』

「馬鹿…な……。そんな馬鹿げた話があるものか!!!!!」

「兄さん!?」
 物陰から現れたのは、ヴァンだった。
 満身創痍といっても差し支えないボロボロの身体で、剣を杖代わりにして足を引きずって歩いてくる。
 ティアが慌てて駆け寄り、治療術を使おうとしたが…。
「どうして、譜術が発動しないの!?」
「音素が枯渇してしまったのですから、もう譜術は使えないのは当たり前ですよ」
 困惑するティアに、ジェイドはあっけらかんとそう言った。
 ヴァンは、膝をつき、空を睨んで血を吐きながら叫んだ。
「ローレライよ! これで満足か! 預言通り世界が滅んで、貴様は満足か!」
『栄光を掴む者よ…。我は、オールドラントの存続を願った』
「ならば、預言はどうなる! あれはなんのためにあったというのだ!」
『ルークをオールドラントに呼ぶまでの時間稼ぎだ』
「ククク……、ハハハハハハーハハハハハハハアハハハハハアハ! ゲフッ、ガハッ」
「兄さん、やめて!  このままじゃ…」
「メティシュアリカ……、私は…私は何のために……。おお…、おおお、見ろティア! 天から御使いが降臨されたぞ!」
 ついに狂ったかと、ティア達が諦めた時。
『来たか…』
 ローレライの呟きで、ティア達は、反射的に空を見上げた。
 灰色の空にぽっかりと空いた穴から、白く光る…見覚えのある物体が…。
「あ…あれって……」
 ユリアシティで見た、あの白い赤ん坊のような敵だった。
 空いた穴から次から次に出てきて、空を漂い出す、まるで世界を覆い尽くそうとしているかのように…。
「なんですの!? 何が起ころうとしているのです! 答えなさい、ローレライ!」
『あれは、“おおいなる時間”を喰らい、世界を滅ぼすモノ。あれらを退けられるのは、ルークのみ。ルークから見捨てられたこのオールドラントは、間もなく、あれに喰らい尽くされる』
「でも、あれって、ルーク達が連れてきた化け物じゃなかったの!? じゃあルークのせいでこんなこになったってこと!? なんで何も教えてくれなかったのよ! こんなことになるなら…」
『ルークに媚びを売って引きとめたか? それでは、意味がないのだ。ルークがオールドラントを心から愛さなければ意味が無かったのだ。だが、お前達にはそれができなかった。仮にお前達がオールドラントを救ってもらうためにルークに媚びたところで、ルークの心を射止める魅力も価値もなかっただろうがな…』
「そんなこと…」
「あんな屑に媚びへつらえれるか…!」
「アッシュ!」
『ハハハハハハハ! だから、ルークは、オールドラントを愛さなかったのだ! 愛する価値などなかったのだから。我も、お前達も、運命に敗北したのだ! もはや何者にもこの結末を覆せぬ! 共に世界の終わりを享受せよ!』
 ローレライは、高笑いを上げて狂ったように言葉を吐いた。
 その声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなってしまった。
 ローレライは、消滅してしまったらしい。
 女の歌声が空から聞こえてきた。
 空にあいた穴から、ずるりと巨大な白い女が出てきた。彼女が歌っているらしい。
 オールドラントの大地に降り立った白い女は、天に向かって歌う。
 赤子達の数は次第に増して行く。
 空は、灰色から破滅的な絵画の背景のような気分の悪くなる色合いへと変化していった。
 その頃には、穴は塞がり、膨大な数の白い敵達がオールドラントにやってきていた。
 大小様々な赤子の姿をした白い敵は、人里に降り立ち、人間達を貪り始めた。
 音素が枯渇し、事実上無力な虫けらになり下がった人間達に抵抗する手段は残されておらず、慈悲の欠片もない白い敵に好き勝手にされ、オールドラントの大地は血で染め上げられた。
 ローレライを含めて、他の音素集合体も消滅し、音素の恩恵を失ったオールドラントには、白い敵を止められる障害はどこにもなかった。
 紅き竜と竜騎士達がいた世界のように、狂っていてもその強い生命力で運命に抗おうとする生命体がいなたならば、救いのないこの状況に小さな風穴をあけ、事態を好転させることができたかもしれない。かつて紅き竜と竜騎士達がやったように……。
 ジェイドは、ひとりマルクトの首都グランコクマだった場所に辿り着いた。
 行動していた同行者達はいない。アッシュとナタリアは、キムラスカへ。ティアとアニスは、ダアトへ。ガイは、ティアとアニスを護衛するために彼女らに同行した。
 かつて水の都と呼ばれていた美しい街並みは、破壊しつくされ、食べカスと思われる肉片と血糊でそこらじゅうが汚れてしまっている。
 白い敵の姿は見当たらない。獲物を食い尽くしたからだろうか。
 ジェイドは、ある方向に顔を向けた。
 遠くからでも見える巨大な白い女が、胎を妊婦の様に膨らませ、寝そべっている。
 あの胎から一体何が生まれてくるのだろうか?
 ジェイドは、やがて白い女がよく見える位置にある瓦礫を背もたれにして座り込んだ。
 世界は間もなく終わるだろう。ジェイドの命が尽きる前か、その後か、それは定かではないが、きっと女の胎から何かが生まれてくるれば、何もかもが終わるのだろう。ジェイドは、そう確信し、それを見届けようとしていた。
「ルーク…、あなたのいた世界は、どんなところだったのでしょうね」
 もっと話せば良かったと、ジェイドは、そう思った。

 女の歌声は、あまりに美しく、優しく耳に響く。
 それは、まるでゆっくりと死んでいくこの世界に手向けられた鎮魂歌のように、やがてすべての生命体に諦念を持つ。
 そして、白い女は、膨れた胎内から何かを産み落とすにいたる。
 しかし、それがなんであったか、その後どうなったのか、語る者は、もはや誰もいなかった。














あとがき

 どれだけ時間をかけたんだ自分。待たせ過ぎだ阿呆と自分を殴りたい。

 最初に執筆したものが、かなりハイスピードで展開したため、少しゆっくりと物語が展開するようにがんばりましたが、いかがだったでしょうか?
 あと、ルーク達がオールドラントに来た理由も、前回とは違うものにしました。
 彼らを呼んだのは、ユリアです。ユリアの幽霊です。
 文中でもありますが、結局ユリアは、アンヘルに嫌われたため、目論見は潰えました。アンヘルの夢以外で登場しなくなったのは、アンヘルの神に匹敵する精神力で吹っ飛ばされて消滅してしまったからです。相手が悪すぎたのです。

 このリクエストを執筆していて、ツンデレ・ドラゴン・アンヘルに目覚めたので、いつかツンデレなアンヘルの文章を執筆してみたいです。















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