気をつけて。
いいって言うまで、そこから出ないで。
臭い匂いがしたら、もう間に合わないから。
『それは魂のにおい』
(※『クトゥルフ神話』に出る怪物の話で、ルーク視点)
「“ティンダロスの猟犬”ってごぞんじですか?」
が急にそんなことを聞いてきた。
「なんだそれ?」
「言葉が生まれるよりもずっと大昔からいる。我々がいる時間の外側にいる怪物のことです」
「フーン? で、そいつがどうしたんだ?」
「滅多にあることじゃないんですが、万が一の時のために目を付けられてしまった時の対処法をお教えしておこうと思いまして…」
「はあ? なんでそんないるのかいないのか分らなさそうな奴の対処の仕方何か教わらなきゃならねんだよ?」
「う〜ん…。そう滅多にあることじゃないんで、覚えておいても使わないかもしれませんけど、念のためですよ。備えあれば憂いなしっていいますから、ね?」
「ちぇ、めんどくせぇ」
「まあ、そう言わずに…。まずこれだけは覚えておいてください」
「ふんふん」
「ティンダロスの猟犬は、姿を現す時何と言えばいいか分からない、とにかくものすごい臭い匂いがするんですよ」
「それで?」
「ぶっちゃけますと…、匂いがした時にはもうすでに遅しです」
「あんだそりゃ! 全然対処になってねーーーー!!」
「ただあいつらには特徴があるんですよ。それはあいつらは“角度”を通り抜けるしか出てくる手段がないってことです」
「かくどって?」
「例えばこの部屋。隅っこが角になっていますけど。こういった“丸み”がないところは角度として見ていいです。もちろん自分以外の他の物も。緩やかでも少しでも角があったら、そこからあいつらは出てきます」
「ど、どうすりゃいいんだよ!?」
「早い話が角があるところにいなければいいんですよ。けど相手は時空を超えた存在ですから鼻も特別で、例え角がない場所にいても探し当てられたら一巻の終わり。いかに相手が諦めるまで出し抜くかが勝負です」
「それ以外…、無いのか?」
「ありません。ティンダロスの猟犬はいつもお腹を空かせていて、獲物を諦めるということが滅多にありませんから」
「げぇぇ! なんでそんな話すんだよ!! こえぇじゃねえか!!」
「念には念ですよ。とにかく角にはご注意ください。匂いがしても一回くらいなら避けれなくもないですから、飛びかかられないよう注意してください。二度目は相手も学習してると思うんで、同じ手は使えません」
「って…言われてもな…、どっから来るか分からねえんじゃどうすることもできないって」
俺がため息をついて中庭に出たとき。
「へっ? うっ…なんだこの匂い!?」
鼻がもげそうなメチャクチャ臭ぇ匂いがした。
グルル…
「!!」
俺が変な声の最初の“グ”が聞こえた瞬間に、反射的にしゃがんだ途端、頭の上を何かが横切っていきやがった。
そいつは一回着地すると次に飛んだ時にはもうどっか行っちまった。
なんか…図鑑で見たトカゲぽかった気がするけど、よく分からなかった。
『匂いがした時にはもうすでに遅しです』
『匂いがしても一回くらいなら避けれなくもないですから』
「ま…さか……」
“ティンダロスの猟犬”
『ティンダロスの猟犬はいつもお腹を空かせていて、獲物を諦めるということが滅多にありませんから』
『二度目は相手も学習してると思うんで、同じ手は使えません』
「う、うああああああああ!! ! ーーーー!!」
俺は一目散にのところへ走った。
「…」
「ルーク様、俺がいいって言うまでここから出ないでくださいね」
「。行くぞ」
「分かった。…とにかく出ないでください。大丈夫ですから…。俺とで、必ずあいつを追い払います。それまで息も殺して出来る限り動かないでください」
「うん…」
俺が頷くと、は安心させるように笑って、蓋を閉めた。
とが用意した、丸い入れ物みたいなところに俺は入ることになった。
角度があるとそこからあの化け物が入ってくるから、とにかく徹底的に角がない場所じゃないといけない。
体を丸くしないと入れないほど狭いけど…、大丈夫…だよな?
とならすぐにあいつを追っ払えるよな?
まさか俺の代わりに喰われるなんてこと…。
グルルルル…
「−−−−−−−−−!!!!!!!!!」
来た…! ティンダロスの猟犬だ! 俺を探してる!?
…、…!!
ウ〜〜〜〜〜〜〜〜…
唸ってる!! 見えねえけど、腹が減ってイライラしてやがるんだ!! 俺のこと逃がす気ゼロじゃねぇか!!
早く…、早くどっか行けよ!!
ウ〜〜〜〜…、フンフン…、ウ〜〜〜……
いやだ! いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだーーーーー!!!!
ウ〜〜…、ウ? グルァァ!!
「……?」
ずっと俺がいる近くで唸っていたのが、急に何かを見つけて喜んでるみたいな鳴き声をあげたかと思ったら、何かを喰ってる音が聞こえた。
しばらくして音がやんだ。すると…。
「ルーク様! もう出てきていいですよ!!」
の声だ! 俺は一目散に入れ物の中から飛び出してに抱きついた。
「ーーー!」
「ルーク様御無事で…。何とかあいつを追い払えましたから、もう大丈夫です」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
あんまりにも怖かったから、俺は声をあげて泣いてた。
だから気付かなかった。
この部屋の床に、まだ新しい赤黒いヌルヌルした汚れがついてたことに…。
「へ? ナタリアが行方不明?」
それから次の日になって、がそう言ってきた。
「そうなんですよ。昨日勝手に城を抜け出したらしくて、足取りは今だ掴めていないそうです」
「たく…、あいつはいっつもそうだよな。勝手にどっかいっちゃ迷惑かけて…」
「まあ、ナタリア様は弱者救済政策を推してますから、私が行かなくてどうするのですかとかいう理由で、首を突っ込みに行かれたんじゃないですかね?」
「ちぇ。人には早く約束を思い出せってうるせぇくせに。勝手だよな?」
「そうですね」
はそう言って笑う。俺はの笑顔が好きだ。
俺のこと馬鹿にしないし、色々教えてくれるし、俺のこと、守ってくれる…。
「なあ、」
「なんですか?」
「あん時…、どうやってあの化け物追い払ったんだ?」
「あ〜…、あれは早い話が餌になりそうなものを与えてルーク様を諦めさせたんですよ」
「へー…」
「あれは現実の世界に体がない、こちらに来ても青いドロドロしたもので体を作るから、の力でも、倒すのはちょっと無理なんですよ。別の獲物に狙いを変えてもらうしかなかったんですよね…」
「何喰わせたんだよ?」
「………………………………………“肉”…です……」
「そっか、ニクか…」
俺はがちょっと困ったように肉と言った理由に、最後まで気づかなかった。
それにしてもナタリアの奴どこ行きやがったんだよ…。たく…。
***
「ハー…、ちょうどあの王女さんが城を勝手に抜け出して、ルークに会いに来てくれてよかったぜ」
おかげで何の苦労もなく、ティンダロスの猟犬が食い付いてくれたからな…。
ルークの気苦労も減って、一石二鳥とはこのことだな、ハハハ!
あとがき
ホラー風にしたかったのに、また不発…。
ってかルークの代わりに喰われたの、ナタリア…。髪の毛一本残さず食べられたからたぶん行方不明のままですね。
猟犬がルークの近くにいないとき、夢主二人は変わりの獲物になりそうな奴を探してました。
そこへ勝手に城を抜け出した偽姫が来たので、ちょっと嘘言って…。ついでに目撃者の記憶をいじって行方不明ってことにまでしたんです。
ルークが偽姫に気づかなかったのは、偽姫が部屋の扉を開けようとした途端、声をあげる暇もなく食べられちゃったからです。
ティンダロスの猟犬の設定は、『図解クトゥルフ神話』(編著:森瀬 繚)から抜き取り、あとは管理人の見解などで書いたものです。鳴き声も適当です。
本来の設定なら、猟犬に襲われるなんてことは日常ないのですが、管理人の衝動で勝手にそうしました。
以下。ティンダロスの猟犬の本当の設定です。
【ティンダロスの猟犬】
ティンダロスの猟犬は、太古という言葉すら新しく思えるぐらい過去の時間の角に棲んでいる獰猛な怪物である。
人間は、時間の角ではなく曲線に沿って生きる存在であり、普通に暮らしている限りはこの怪物に遭遇するような危険はないだろうが、例えば東洋の神秘的な仙人達が調合したという遼丹(リョウオタン)や、『幼蛆の秘密』(神話に登場する魔術書)にその製法が記されている時間遡行効果を持つ薬を服用し、過去の時間に遡って行くようなことをすると、この猟犬の尋常ならざる嗅覚に引っ掛かってしまうことがある。
猟犬というものの、時間の歪みが生み出したような彼らの外見は、イヌ科の動物には似ても似つかなぬ、悪夢めいた怪物の姿である。
まあ、つまり時間を遡りでもしない限り、出くわすなんてことはないんです。
猟犬に初遭遇したルークが、トカゲと形容したのは、『図解クトゥルフ神話』に載せられてた絵が、ワニとトカゲと犬を合わせたような姿だったんで、そういう第一印象としました。
最後に出たのは、第二世代夢主の片割れ(人外の方)です。
60000ヒットリクエストで、続編を書きました。(↓)
名前変換は、一旦戻ってから行ってください。目次では、『それは魂のにおい』の下にあります。
『
【絶望はこんなにも光っている(×)】(お題提供:DEVIOUSDDDS!)
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