【蜘蛛の糸が見捨てた聖人】 序章 (お題提供:暫










 マキ・カザマは、何度目かになる溜息を洩らした。
「…これって結構なムチャぶりじゃない?」
 モニターに向かって呆れた目を向けると、モニターに映る人間が顔をゆがめる。
 焦り、嫌悪、恐怖。
 彼女にとっては、もう見慣れた、感じ慣れた自分に向けられる感情だ。
『……これは政府の決定なのです。先程も言いましたが、いかなる手段を用いても構いません。相応の報酬も払います。ですから……』
「私が言いたいのは、本当にそれでいいのかってこと。……どうなってもいいわけ? あなた達は」
『で、ですから、いかなる手段を使っても構わないのです!!』
 何度も繰り返される同じ会話に、ついに相手側が折れて、声を荒げた。
『イレギュラーハンター・エックスを復活させてください! ただそれだけなのですぞ!!』
「分かってるわよ。だけど……、ここまで壊れてちゃねぇ……」
 マキは、改めて自分の研究所に運び込まれた、エックス…だったものを見た。
 一言でいえば、これはもはやガラクタ。もっと言ってしまえば残骸。燃えカス。
 よくこれがエックスだと分かったなと、回収を担当した者達を褒めちぎりたいくらい酷いあり様だった。
 最重要極秘事項とされているが、エックスは、全てのレプリロイド(ゼロを抜く)のもとになっており、それにも関わらず今だにブラックボックスの部分が多い未知のロボットであった。
 解析ができていないということは、当然壊れれば修理も大変だ。ましてや全壊となってしまったら、復活させる手段は無いに等しい。当然だが設計図なんぞない。
 大昔に人間の手で作られたものなのだから、現在の人間の力で作れないなどということはないだろう。
 もちろんマキとて、依頼通り全ての技術を尽くすつもりではある。
 大抵のロボットは、人格や記憶と言ったメモリさえ無事なら新たなボディに移すことで復活が可能だ。
 しかし、エックスは……。
「エックスの、固有人格も記憶もぜ〜んぶぶっ壊れちゃってて、実質的な復活は不可能でも、あなた達は“復活”って言うのね」
『イレギュラーハンターの戦力が欠けることを考慮しての決定なのです。戦闘さえできれば…』
「心はどうでもいいっ…でしょう?」
『……エックスに並ぶ戦力ができるまでの間でいいのです』
「…それがあなた達の選択なのね。まあいいわ。間違った選択なんてこの世にはないもの。ただ何を優先したか、それだけ」
 邪魔そうに耳にかかっていた髪を払いながら、マキは仕方なさそうに言った。
『では、引き受けてもらうえるのですね?』
「私以外に頼める相手なんていないくせに」
 クスクスと笑いながらマキが聞くと、モニターの相手は悔しそうに顔を歪めた。出来ることならおまえに頭を下げて頼みたくはないのだという感情がヒシヒシと伝わってくる。しかしマキには、そんなことはどうでもよかった。
「『どんな手段を使ってもいい』って言った、さっきまでの言葉、忘れないでね」
 マキは、どうでもよさそうな態度のたままそれだけを忠告し、相手が何か言う前にモニターを切った。
 そして再びエックス…だったものに視線を向ける。
「エックス…、私あなたのこと好きだったのよ? 優し過ぎる性格も、うじうじ色んなこと考えて悩んで、あなただけが感じて流せた涙も、全部ひっくるめて」
 ヘルメット部分だったであろう欠片をそっと撫で、マキは慈しむように目を細めた。
「〜〜〜っ、さ〜て、お仕事お仕事っ」
 それから気を取り直して軽くのびをして、マキは作業に取り掛かった。
 研究中の資材を置いてある机に向かい、あるものを手に取る。
「とりあえずこれを使いましょう」
 それは缶ジュース程度のサイズで、中には半透明の液体が満たされたカプセルだった。
 そのカプセルの中央辺りには、小石ほどの大きさの紅い宝石のような物質がユラユラと浮かんでいた。
「“復元率”も調べたいし」
 そう独り言を呟きながら、机のそばにある大掛かりな機材に近寄り、カプセルを差し込める場所にカプセルを押し込むと、機材が稼働して、しばらくして電子レンジのような音を立ててかまどの蓋みたいな蓋が開かれた。
 マキは、中に入っているコードが毛糸の毛玉のように球になったものを取り出し、エックス…だったものに向き直った。
「ごめんなさいね。エックス」
 マキは、謝罪しながらエックス…だったものの上に、コードの塊を落とした。




***




 エックスの死によって、ハンター支部は一時暗く沈みこんでいたが、それも日を追うごとに落ち着いてくる。
 いつまでも悲しみに浸って、やるべきことがおろそかになってしまっては、イレギュラーからあらゆるものを守るという役目の意味がない。
 特にエックスと親しかった者達は、エックスの名前を聞いたり口にするたび暗い顔を見せる。
 群を抜いていたのが、もっとも付き合いが長く、親しい間柄であったゼロだった。
 エックスの名前が誰かの会話に含まれたりしただけで立席、口を閉ざし、物に八つ当たりすることも多かった。それがもとでここ最近は謹慎処分を受けてしまい自室にこもっている。
 最近ハンターとして活躍するようになったアクセルも、エックスの死を悲しんだが、自分なりにエックスの穴埋めをしようとがんばっている。
 エックスが抜けただけで、残されたハンター達は、エックスのハンターとしての大きさを思い知らされた。
 決して優秀な人材がいないわけではない。もちろんデータ上は、エックスやゼロに匹敵する素質がある者達も多い。
 しかしそれでも十分な穴埋めができないのである。
 恐らくは、エックスという最強のハンターがなくなったことで、それまで大人しくしていたイレギュラーや悪人の活動が活発化してしまったのだろう。
 一時期エックスが現役を退いた時期があったが、エックスの存在が完全に失われたのとでは事件の件数や内容が違う。
 日ごとに悪化する業績に、シグナスは眉間を指で押さえた。
 総監であるシグナスは、エックスが死亡したという報告がなされてからすぐに決定されたエックスの蘇生に、実は反対をしていた。
 もはやエックスとして蘇生不可能なほど破壊された状態からという、決して実現できないであろうという予測もそうだが、それ以上に不吉を覚えたのだ。
 結局は、シグナスは自分が感じた不吉について説明をまとめる前に、早々と多数決でエックスの蘇生をマキ・カザマ博士に依頼することが決定してしまった。
 ……彼女にしか依頼できないことは、分かっているのだが、彼女のこれまでの功績と悪行を考えると、シグナスの不吉な予感は余計に現実味を帯びてきた。
 もっとも、マキの悪行のほとんどは、第三者の不注意で起こったものばかりで、その仕事を行っただけの彼女には非はないのだが、彼女本人がそうなるだろうことを事前に予測していたうえで起こった事件すら研究の工程に組み入れていることが問題だった。
 マキが、エックスを随分と気に入っていたことを知っている。人からもレプリからも悪魔と称され、名前を出せばシグマでさえ裸足で逃げ出すといわれる彼女だが、あらゆる生命(レプリ含め)に対し、彼女独自の慈しみと愛情を持っているようで、それがあるせいか、誰もが彼女を完全なる悪魔だとは感じきれないのである。何だかんだと言って、マキは、人間やレプリから様々な事柄を相談されており、シグナスもたまに彼女と会話する時間を割いているのであった。
 エックスの蘇生について、彼女ならばという希望と、恐ろしい事件になってしまうのではないかという不安が、シグナスの内にあった。
 どうか前者であってほしいと、祈るよりほかない。

 しかし……、祈りは届くことはなかった。

 ある日、マキが司令室にやってきてエックスの蘇生ができたという報告のすぐ後のことだった。
 すると同時にモニターしていたハンター達の悲鳴が聞こえた。
 おぞましい何かに遭遇してしまったことによる、悲鳴。反射的にそちらを見ると、エイリアが声にならない悲鳴をあげそうになり口を押さえている姿と、モニターに映った……。

 体の半分が、ただれほぼ素体がむき出しになった今にも崩れ落ちそうに見えるその上をイモムシを思わせるコードが絡みつき、うねうねと動き、生きていることを伝えるように脈動する。
 コードは生物的な要素が強いのか、ぬらぬらとした体液でてかっている。
 グロテスクな形状にはなっていない、生前の形を保っている方の、バスター型のエックスの特徴だった大きなフットパーツが、先ほど彼が破壊したイレギュラーを踏みにじっていた。
 モニターの角度のせいでグロテスクな方が強調されて映っているが、おそらく顔の半分は、生前と同じ形を保っているに違いない。
 ヘルメットを含めて、顔と頭の半分ほどがただれ、芋虫のようなコードに加えてエックスを構成している炭素繊維や元々あるコードや骨格が突出し、瞼がないせいか飛び出しかけた片目が、生前と同じ形を保ったもう半分の顔の目とは違う生き物のように動き、ぎろりとモニターに現場を映し出させているカメラに向かって、モニターを見ているシグナスに向けられたような…気がした。

「テスト稼働もかねて行かせたのよ。苦戦してたんでしょう? 完璧な復元はやっぱり無理だったから、依頼通り戦えるようにはしたのよ。あれは…、そうねぇ……、ゾンビエックスっ…ゾンビちゃんって呼ぼうかしら? 私の持てる力を全部使って、もとのエックスの戦闘能力を再現できたはずなんだけど…。って、シグナスってば聞いてるの?」


 世界は、青いレプリの死をきっかけに、いまだかつてな混沌の時を迎えようとしていた。














あとがき

 ふふふふ…、とうとうやっちゃった。
 仕事中に思いついたものでしたが、中々実践に持って行けなかったんですよね。

 うちのサイトの傾向に忠実に、ひたすら痛くて、酷くて、グロイものになりますので……、苦手な方、バックプリーズ。






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