世界が反転しない 「葬儀の終わり 夜道に忍び寄る殺意」(レン視点)













 マスターのお母さんに連れられて、俺はマスターの葬儀に参加させてもらえた。
 当然のことだけど、葬儀の参加者の人たちから変な目で見られた。

 だってただでさえ他人なのに、人間じゃないだもん…。




 ……マスターは、本当に酷い状態で見つかって、とてもじゃないが見れたものじゃないあり様だったらしい。




 棺桶の中のマスターを見たとき、顔は包帯で覆われていて、はっきり言ってミイラ男になっていた。

 後ろの方から。




「…顔ばかり狙って切り刻まれたんだって?」
「ひでぇ話だな…」
「原型がなかったんでしょう…?」
「犯人はまだ捕まってないのか?」
「警察は何をやってるんだ!」
「新聞やニュースでやってた連続通り魔事件と犯人が同じかもしれないんだって…」




 葬儀の参列者の人達の会話が聞こえてきて…。俺は…。

「レン君っ」
「…大丈夫です」


「よおっ」


 棺桶の横で俯いてた俺をマスターのお母さんが気遣ってくれた。そこにマスターの幼馴染のサエダさんが俺に話しかけてきた。


「…大変だったな」
「いいえ…。大変なのは、皆さんの方ですから」
「我慢しなくていいだぜ? ワンワン泣いたって誰も咎めやしねぇ」
「大丈夫ですってば」
「……」

 サエダさんは、俺を無言で見詰めたあと踵を返した。


 なんでこんなことになってしまったんだろうな…


 小さくそう呟いて。




 ……どうして、こんなことになってしまったんだろう。俺やマスターのお母さんやサエダさんだけじゃなく、みんなきっとそう思ってる。


 そうこうしているうちに、マスターのお葬式が始まった。




***




 葬儀が終わって、マスターを火葬場に送る時も、マスターのお母さんが俺を連れてきてくれた。
 骨拾いにも参加をさせてくれた。


 ……あんなに大きかったマスターの体が、小さな骨壷に入ってしまったのが、すごく嫌だった。


 機械の俺は、死んでも腐らないし、燃やしても、骨にならないし、灰にもならない。




 マスターとは、違う“物”だっていうことが、否でも分かってしまう。




 11年前に死んだマスターの家族が眠るお墓に、当然マスターの骨壷は納められた。

 終わった後、俺にある問題が降りかかってきた。

 マスターが死んだあとの、俺の扱い。

 持ち主がいなくなってしまった後のボーカロイドはどうしたらいいのか。

 見た目人間の子供で、喋るし、ものを考えて動ける俺のことで揉めている声が嫌でも耳につく(マスターのお母さんが必死に俺のことで他の人を説得しようとしてくれるのが、辛い)。

 捨てるなら捨ててくれていい。いっそそうしてくれた方がいいくらいだ。

 俺を拾うなら、リセットしてほしい。マスターの思い出を持ったまま他の人の所にいてもうまくいかないと思う。


 でも、……それでいいの?

 だって俺は機械なんだ。歌うだけの。

 マスターの思い出を殺してまで?

 ……いやに決まってるけど、俺はただの道具なんだからいつまでも縛られてちゃいけないんだ。

 じゃあどうして?

 それは……。




 気がついたら、俺は一人、マスターの家に帰っていた。




 マスターにもらった合鍵を使って部屋に入ると、当然誰もいない。
 明かりもつけないまま、部屋に入って、家中を見て回る。
 俺が来る前からある物、俺が来てからおいた物。家主がいなくなったから全部処分されなきゃいけないんだ。この家も土地も無くなってしまうんだ。だってもう住む人はいなくなったんだから。
 俺のメモリーの中にあるマスターとの思い出が蘇ってくる。
 初めて出会った時のこと、始めて歌った歌、悪戯をして怒られて、許してもらえて、褒められて、辛いことがあっても乗り越えて……。

「ねぇ…マスター、あなたは幸せでしたか?」

 マスターが使っていたPCが置かれたデスクを指でなぞる。

「俺は、あなたの支えになれましたか?」

 家族を亡くして一人でこの広い家で暮らしていた人。

「マスター…、俺、どうしたらいいの? 答えてよ…」

 答えはもう返ってこないことなんて分かっているのに。


 胸の中のもやもやを拭い去りたくて、俺はクリスマスにマスターからもらった、マスターの大きなジャンバーを羽織って、外へ出た。

 俺の体には大きすぎるマスターのジャンバーを着てると、なんだか安心できる気がするんだ。




***




 外灯が照らす人気のない夜道を歩いて、やがて近所の公園に来た俺はベンチに座った。
 遠くで、近くで車が通る音が微かに聞こえてきて、静かな公園の静けさを強調する。
 無意識に、羽織っているマスターのジャンバーを握りしめて、身を小さくしていた。

 こういうとき、俺の双子の兄弟のリンがいたらだいぶ違ったんだろうなぁ、っと思う。

 けどどうしてだか、マスターの家にやってきたのは俺だけだった。

 ……あれ? なんで俺、一人だったんだろ?

 俺はリンと二人で一つのボーカロイドのはずなのに。

 マスターはそのことについて何も言ってこなかったし、俺も追及しなかったから。


 マスターの子供が男の子だったから? だからリンはいなかったのかな。

 あり得る。…でもマスターの人柄でそれはいくらなんでもあり得ない!




おまえを、死んだ子供の代わりにしてるんじゃないかと思ってな。




 サエダさんの言葉がよぎった。




 ……分かってるよ。
 あの言葉はサエダさんの推測にすぎないってことぐらい。

 本当は…どうだったの? マスター…。


 分かってるよ…。もう答えなんて返ってこないってことぐらい。




 分かってるけど…。




「マスター……」










































「ぼ〜く? こんな夜遅くにいけない子だな〜」




「えっ?」




































 声をかけられて、ハッとして立ち上がった時には。



 目の前にフードをかぶった男がいて。




 俺の。




 お腹に。




 でっかいナイフが。




 刺さってた。





「あん? なんだこりゃ、感触が変じゃね?」




 連続通り魔事件
 マスターを
 殺した
 犯人








































「…あんたが、マスターを殺したのかーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」











あとがき

 犯人は現場に帰ってくるといいます。
 レンはボーカロイド(=ロボット)ですから、刺されても死にません。頭を破壊されたら別ですが。
 痛みをデータとして受け取って処理しますが、生物が感じる痛感とは違いますね。
 血液っぽいものが出るけど、出し過ぎて死ぬこともない(ちょっと溢れるだけですぐ止まる)。
 構成素材は炭素繊維とかそのあたりということでお願いします。







 

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