最強のご主人さま その1 : 命がけの身辺調査(カイト視点)













 マスターの所に来て、興奮冷めやらぬ僕にマスターがまず最初に渡してきたものがあった。




 この家の、見取り図(しかも何枚も)




「赤いところには近づくな。粗大ゴミになりたくなったらな…」
「はいっ?」



 確かに見取り図のあちこちに赤い色で塗りつぶされている箇所がいくつもあった。中にはその階の何分の幾らかを塗りつぶしてしまっているところもある。
 マスターの言いつけは守りますけれど…。でも…。



 もしもーし? あの〜、マスタ〜…。




 粗大ゴミになるってどういうことですか?




「それと、あまり動き回らないことだ。それ(見取り図)の通りの部屋割になっているとは限らない、どこか移動するなら確認しながらいけ。いかないと…ゴミになるぞ」




 どんな家ですか?
 部屋割が見取り図通りじゃなくなるってどういうことですか?





 なのに、マスターは詳しいことを話してくれない。

 ……何か隠していますね。

 理由を聞こうとはしたものの、マスターのあの艶やかな黒い瞳に見つめられて、つい言葉が出なくなってしまった。ずるい…。あんな目で見られたら誰だって心奪われちゃうじゃないですか…。

 あの目を向けられるのは僕だけでいい。マスターのあの綺麗な黒い瞳に映るのは僕だけだ。それ以外はいらないですよね?

 だけど、その心配はなさそうだ。
 だってマスターが住んでいる場所は、本当に何故どうしてと問わずにいられないほどの山奥で、よくもまあこんな立派な屋敷を作ることができたものだと関心せずにいられないほどだ。
 なのにここには使用人といった人間はいないらしい。
 つまり、実質この家には僕とマスター、二人きり。

 マスターと一緒にいられるのは僕だけ。マスターが見るのは僕だけ。僕が見るのはマスターだけ。ああ、なんて素晴らしいんだろう。




 ……なのに隠し事しているなんて、酷いですマスター…。

 僕とあなただけのこの世界に、隠し事なんて必要ないでしょう?


 だから…。




 メモリーに取り込んだこの家の見取り図に沿って、一室が全部真っ赤になっている部屋に入ってみた。
 言いつけを破るのは心が痛い。けど、マスターが隠し事しているのが悪いんだ。

 部屋に入ってみると、窓のない薄暗い部屋の奥にものすごい大きなコンピュータが設置されていた。
 マスターの寝室に置いてあるものなんかと比べ物にならないほど、すごい設備だ。

 マスターが悪いんですからね?

 僕は明かりもつけずに部屋に入って、コンピュータの内容を調べるべくスイッチを押した。

 ブンッと音を立てて画面が立ち上がる。すると当然パスワード入力の画面が出てきた。

 僕は足もとに転がっていたコードを引いて、耳の裏にある穴にさして僕のメモリーとコンピュータを接続した。

 フフ…僕自身が潜入すれば大抵のセキュリティーを破るなんて簡単ですよ。あなたは知らないでしょうけど、実はボーカロイドの頭脳はそれぐらいのことをできるほどの性能があるんです。

 僕は早速データを探るべく集中した。


 ガシャーンッ


「っ!?」

 始めた直後僕の背後で重たいシャッターが音を立てて閉まった音がした。見たら部屋の戸が頑丈そうな鋼鉄のシャッターで遮られてしまっていた。

「なっ…」


 困惑する僕をさらに陥れるかのように。


 ガコン ギリ… ギリ ギリ ギリ…


 パラリッと天井から埃が降ってきたのに気づいて天井を見上げると、それとほぼ同時に天井がゆっくりと降りてきた。





 そ…









 粗大ゴミになるってそういうことですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!










 いえ、むしろこの家のどこにそんな仕掛けが!?




 そもそもどうしてこんな仕掛けがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!




 そうこうしているうちに、天井は部屋の高さの三分の一まで降りてきていた。

 我に返った僕は接続したコードをちぎって、シャッターで隠された扉に向かって走って開けようとしたけれど、びくともしない。その間にも天井は刻々と僕を潰そうと迫ってくる。

 このまま潰されたら、それこそスクラップ場で潰された大型ゴミのようになってしまう。メモリーさえ無事なら新しい体に組み込めば何とかなるけど…、この様子だと頭だけ無事ですむはずが…。

 そんな…、こんなところで終わり? しかも僕の自爆でだなんて…。

 そんな、そんなの…。




「ま…、マスター! マスター、マスターマスター!!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!!!! もう言いつけ破らないから助けて!!!!!!!」









『………何やっている?』




 固く閉ざされたシャッターを叩いて泣きわめく僕の耳に、マスターの呆れた声が届いた。


「マスターーー!!」


『…ちょっと待ってろ』




 涙でグシャグシャで、情けない声しか出せなくなっている僕に、どこかにあるマイクからマスターのその声が届くと、少し間を置いて天井の降下が止まって、ゆっくりと元の位置に戻って行った。
 完全に天井が元の位置に戻るのと同時に、シャッターが上にあがり、扉が現れると扉が開いてマスターが姿を見せた。

「マスタぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「……はぁ」

 たまらず抱きついた僕を受け止めて、宥めるように頭を撫でてくれるマスターが溜息をついた。


「説明していなかった俺に被があるが…まさか早速やらかすとはな…」
「う…うぇぇ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! もうやらないから嫌わないでぇ!!」
「怒っているとは言ってないだろう? 嫌いになったとも言ってない」
「うぅぅ…本当?」
「嘘を言ってどうする?」
「うわーー、マスターーーー!!」
「…本当に機械とは思えないな」

 また泣き出してしまった僕を、マスターが呆れながらずっと撫でてくれた。
 マスター…、僕死ななくてよかった…。だってこうしてマスターに触れられなくなりますから。











「あの…マスター」
「んー?」

 落着きを取り戻して、リビングに場所を移した僕とマスター。
 僕は意を決してマスターに聞くことにした。マスターはビールを煽りながら気だるそうに僕の質問を聞く。

「あの見取り図の赤いところは、あの部屋みたいに…」
「おまえが作動させたのはあの部屋にある仕掛けの一つだ」


 まだあったんですか!?(降りてくる天井以外に!)


「その…どうしてあんな…」
「さあ…? 忘れた」


 あなたの過去に何が!?(聞きたいけど、聞いたら色んな意味で終わってしまいそう)


「まだ聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「え…、えっと…その、…ああいう仕掛けで…僕みたいに引っかかった人…いる…?」

「いる」




 能面みたいな無表情で(元々表情が乏しい人だけど、さらに磨きかかった無表情)、きっぱりと言ったマスターに、僕は気が遠くなるのを感じてしまった…。


 とりあえずこれだけは分かった。




 この人は、最強だ。たぶん文部両道の達人だ。むしろ映画とかに出る超人のようなアクション主人公そのものみたいな人なんだ。




 この人を僕だけの物にするのが早いか…。

 それとも僕が粗大ゴミになるのが早いか…。




 だけど僕は諦めませんよ。大好きな、僕のマスター…。




「それとだ」
「ま、まだ何かあるんですか?」
「この場所は、仕掛け以外にも妙なことになるから、気をつけることだ」

 妙なこと?


 その次の日、僕の身にそれが降りかかったのは言うまでもない。










あとがき

 初めてヤンデレらしいヤンデレなカイトを書いたと思ったら、途中から泣き虫になっちゃいました…。
 この話でのカイトはこんな感じです。
 天井が落ちてくるシーンは、バイオハザードの即死仕掛けを参考にしました(実際のゲームの仕掛けと、この話の仕掛けを止める方法は異なりますので注意してください)。

 この後、カイトは何度か他の仕掛けにも引っ掛かったり、ホラーゲームなどの演出に出くわして死にかける予定。でも間一髪で助かるという感じ。





 

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