60000ヒット記念企画で、冥莉様からのリクエスト『被験者嫌いなスレルークで、世界に絶望し世界を激しく憎むルークと、その憎悪を感じ取った混沌王がルークの願いを叶え世界を滅ぼす話』
(※人修羅の名前は出さず、人修羅か、少年、混沌王の名前で出してます)
(※アッシュ以外、PTは空気)
(※救われない話なので注意)
『闇のサーカス団』(お題提供:anything)
無限のごとく深い、深い奈落の底。
まるで血のような鮮やかなマガツヒが、奈落の世界を彩り、壁を伝い、遥か上から垂れ落ち、底へと流れていく。
その世界。堕ちた天使が支配するその場所で、一人の少年がグロテスクな壁の装飾にもたれるように体を預けて、目を閉じていた。
その少年の体に、後頭部にある角や、ぼんやりと青緑の光を放つ、全身を包むように広がる特有の模様さえなければ、誰もが彼を人間の年齢で17歳くらいの年若い少年だと思うだろう。
だが、しかしだ。
堕ちた天使達の巣窟である、このアマラ深界において、あまりにも浮いた姿形をした彼こそ、この世界を統べる堕天使が生み出した人のような悪魔、人修羅であり、“混沌王”の称号を持つ、光・闇・人間の全てを体の内に内包するこの世でただ一人の悪魔であるなどと、彼を見た誰が気づくだろうか。
やがて、人修羅の少年は閉じていた瞼を開いた。
別に眠っていたわけではない。
堕ちた天使に導かれ、深淵に堕ち、身も心も闇の側に染まった時から、彼は眠ることをやめたのだから。
目を閉じるのは、あらゆる世界の起りに耳を傾けるために、意識を集中するためだ。
どうやら、人修羅は、どこかの世界で起こった何かに興味ひかれたようだ。
その証拠に、人形のような白い顔に、うっすらと笑みを浮かべた。
「…久しぶりに、何かできそうだ」
人修羅は立ち上がると、遥か上を見上げて、興味を惹かれたその事柄に向かって、意識を集中した。
***
「…あ、は……あははははははははははははははははははは…!」
タルタロスの甲板で、ルークが乾いた笑い声をあげていた。猛毒の障気に満ちた魔界に、その笑い声だけが響き反響することなく消えていく。
「ご主人さま…」
その傍らで、ミュウが心配そうにルークを見つめていた。
ルークは、そんなミュウの視線にも彼の身を案じていることにも心が動くことはなかった。
ただただ、大きく見開かれた翡翠の目からとめどとなく涙をこぼし、笑い声をあげているだけだった。
やがてがくりとうなだれると、今度はクスクスと笑い始めた。
「はは…あはははは……、これが…、これがお前たち被験者共の答えか? えぇ?」
目から零れ落ちる涙の量はそのまま、ルークは言葉を吐き出す。
「自分さえ、よければいいのか? …俺が“ルーク”として…、アグゼリュスで死ねば……全てまかり通るってか? そうやって高みの見物して…、気に入らないことが、自分の思ったとおりにいかなきゃただ汚く罵ることしかできねぇのか!!!!!」
ルーク・フォン・ファブレのレプリカ。それが俺。
“ルーク”の名を与えられた時点で、俺は俺であることを許されなかった。
どんなに俺が、“ルーク”ではないと主張しようと、記憶喪失の一点張りで否定された。だからもう、声をあげることをやめた。
否定され続ける自分自身の本質を壊されないために、我がままという殻を被って、人間のふりをし続けるしかできなかった。
ティアが襲撃してきて、屋敷の外から出た時、俺は本当の意味で俺になれるチャンスが廻ったと思ったんだ。
だけど……、世界は…被験者は結局本当の俺に気づいてはくれなかった。
僅かでも希望を抱いて、それを握りつぶされた隙に、ヴァンに暗示をかけられて、気がついたらもう…。
そして、俺を見ようともせず、この惨劇の責任を俺という生贄をもって片づけた奴らは、勝手に俺を捨てた…。
捨てられるほどの関係でもなかったというのにだ。
「…………好きに…なりたかった…の…に……」
けれど心の中にあるのは、ただただまっ暗い闇と、身を焦がしても、世界を焼き払っても足りない憎しみの炎だけだった。
ああ…なのに…、俺にはその炎を世界に振りまく力すら、もう残されていない。
無理やり超振動を発動させられて、どうやら俺自身を形作っている音素が不安定になってしまったらしい。
俺は消えてしまう。この憎しみを抱えたまま。死体すら残さず。
『哀れだ…』
ルークは、ハッとして声が聞こえたほうに振り返った。
そこには、赤い血の雫のような光が集まり、かろうじて人の姿を保っている何かが佇んでいた。
ミュウが悲鳴に似た声をあげて、ルークの足にしがみついた。
『心の中に、それほどの憎しみを煮えたぎらせていながら、音の欠片に還ってしまうなんて…。なんて哀れなんだろう』
「……誰だよ?」
不思議と恐怖心はない。あまりの絶望に、マヒしてしまっただけかもしれない。
赤い人影のようなものが、かすかに揺らめいた。微笑んでいるようだ…。
『俺は君のその憎しみと、絶望に呼ばれてきたんだ』
「はは…は、何それ? あー、そうかつまりおまえ、俺の望みを叶えに来ましたってやつか?」
ルークがケラケラと笑って、指さして聞くと、赤い人影は頷いた。
『もちろん、ただというわけにはいかない』
「そりゃそうだよな? 報酬は俺の魂、だろ?」
『う〜ん、おしい』
「あ? 他に何がいるんだよ、あ・く・ま、さん!」
『…君はそれで満足なのかい?』
「何が? えぇ!? おまえ俺の望みを叶えにきたんだろうが!! だったら遠慮なく持って行けよ!!!! ……何か一つでいいんだ、俺自身が望んでいることが叶うなら…、それで…」
『……』
赤い人影のようなものは、少しの間黙っていた。
やがてルークの傍に来ると、なんとか形を保っている手をルークの朱い髪にのばした。
『これから、君に俺をこの世界に呼び出す方法を教える…。あとは、大量のマガツヒが揃えば、君の望みを、俺が叶えよう』
赤い人影は、タルタロスの進行方向を見た。
そこには、魔界に佇む、街というより一つの巨大な施設のような所があった。
『……運命は、どうやら君に味方をしてくれたみたいだね』
さあ…、行こう
俺は、君のために、ここに来たんだ
赤い人影の手が、ルークの手を引いた。
***
……感じる
ルークは、自分の憎しみと絶望に惹かれてやってきた悪魔に手をひかれて歩きながら、その場所、ユリアシティに満ちる、2000年もの歳月をかけて蓄えられたとてつもなく膨大な量のマガツヒを感じ取った。マガツヒの存在を感じれるのは、悪魔が触れているせいなのだろう。
かつて世界を救った英雄たる女の名を冠したこの監視者の街で、今自分は何をしようとしているのか。
それを考えただけで、笑みが自然とこぼれる。
ティアが、足取りが遅いと咎めてくる声も、耳に入らないくらい、愉快で、たまらない。
悪魔の姿は、現時点ではルークとミュウにしか見えないらしい、何もないのに、何かに片手を引かれて歩いているという体制の俺の姿に、ティアとティア以外の声が疑問を飛ばしてきた。
ユリアシティの広い場所の中心あたりで、俺の手を引いていた悪魔が立ち止まった。
ルークは、ゆらりとした緩慢な動きで、前方にいる、血のように紅い髪を持つ、己の被験者である男、アッシュを見やった。
「…なんで、被験者がいるんだ?」
「! てめぇ…知ってやがったのか!! なのにまんまとヴァンに操られやがって…!!」
「もう、いいよ…。別にさー」
「屑が、てめぇが何をやったのか分かってんのか!?」
「知ってる…」
「なら…」
「でも、俺が死んで、そしたら…戻せんのか? 俺が殺した人達…、アグゼリュスも…」
「っ、そうやって言い逃れするつもりか!?」
「言い逃れじゃない。じゃあ、どうしたらいいんだよ? 罪を背負って、生きろってことか?」
ルークがそこまで、無表情で淡々と言葉を紡いだところで、アッシュはようやくルークの様子に気づいたらしく、片眉を吊り上げた。
「タルタロスでもさ…。サイテーとか、見損なったとか、馬鹿な発言にイライラさせられるとか、良いところもあると思ってたのにとか、幻滅させないくれとか、色々言われたけど、具体的な罪の償い方は言ってくれないんだ。言ってくれたら、俺、その方法で償うのに、何にも言ってくれねーんだ。簡単な話、方法なんてなかったんだ。ただ自分の不甲斐なさをぶつけたかっただけなんだと思うんだ。俺を野放しにしたこと、ヴァンに利用させてしまったこと、アグゼリュスを消滅させたこと。何かぶつけないと自分が悪になるから、だから自分以上の悪者をつくりたかったんだ。…そして俺が選ばれた。けど、もうそんなことはどうでもいい。もう…関係ないから」
ルークは、最後の言葉を紡ぐと、微笑みを浮かべて、その場に両膝をついた。
そして、目を瞑り、両手を重ねて握り、自分の胸に押し当てるようにしてした。
それは、まるで祈りを捧げるように…
赤い人影のような姿の悪魔が寄り添うように、その後ろに立った。
「おま…え…、何を…何をやろうとしてる!?」
「ルーク!? 何をしているの!?」
そこにきて、アッシュは何かとてつもない嫌な予感を覚えて、剣を抜いた。ティアも焦って声をあげた。
「なあ……、これでいいんだよな?」
アッシュとティアの声が届いていないかのように、ルークが二人には見えない相手に向かって言った。
『うん…。これで君の願いは叶うんだ』
悪魔の手が、そっとルークの肩に置かれた。
ルークは、その気遣うような悪魔の手を感じて、必死で何かを堪えるような笑みを口元に作った。
「…ありがとう」
ルークは、一滴の涙を零しながら最後の言葉を発した瞬間、ルークと悪魔の周囲の床から爆発するような勢いで赤いマガツヒが溢れ出した。
アッシュとティアは、吹き飛ばされ、数十メートル先まで弾かれてしまった。
2000年もの時間をかけて蓄えられた膨大なエネルギーは、まるで生き物のようにユリアシティの内部や外部の周辺を暴れ回り接触したものは弾き飛ばされた。赤いエネルギーの通り道の端にうずくまったり、角に逃げ込んで、身を小さくしたものは難を逃れた。
ユリアシティが、いや世界が、震えた。
解放されたマガツヒによって起こった世界の震えによって、この世に生きる者すべてが善くも悪くも予感した。
この震えは、何かがこの世界にやってこようとしている証なのだと。細胞の一つ一つが、否、魂が知らせた。
マガツヒは、ユリアシティの天井を突き破り、ついには外郭大地まで貫通して上へと噴き出していたが、やがて渦を作りながらルークと悪魔を包むように蠢き、ついに卵の殻のように包み込んでしまった。
先に街の奥へと行っていた者達が、駆けつけると、その球体の下に今度は真っ黒い奈落の穴のようなものが出現し、そこに球体がゆっくりと沈んでいった。
なんとか起き上ったアッシュと、ティアを含めた者達が、その一部始終をただ茫然と見ていた。
やがて球体は完全に奈落の底に沈んだ。
ほんの、少しの間をおいて。
水が波打つように穴の中心が波打つと、そこからゆっくりと何かが浮上してきた。
黒い髪の毛。
白い肌。
ほっそりとした手足。
後頭部から生える、角らしきもの。
全身を包むようにその肌に刻まれた、光を放つ刻印。
見た目こそ、十代そこいらの少年は、目をつむったままゆっくりとその姿を現した。
全身が出て、足の先が出てきた闇から数十センチ離れると、ふわりとその上に降り立ち、一回片膝をついた。穴はそれとともに、急速に消えてもとの床に戻っていった。
さらにまた少し間をおいて、少年はゆっくりと立ち上がり、瞼を開いた。
金色の両目がゆっくりと、周囲を見回し、それから呆然と立ち尽くすしかない者達に向けられた。
彼らは、何か行動を起こさなければならないというのを頭では理解していた。だか体が動かないのだ。
圧倒的な…。そう、何か次元の違う、何か。
そもそも、自分達の目の前で起こった出来事自体が理解できないのだ。目の前に出現した奇妙な少年のことを理解できるはずもない。
ルークが消えて、代わりに現れた、刻印と後頭部の角さえなければ、おそらく年代はルークと同じくらいの少年。一見は…。
金縛りにあったように動けない、彼らに少年は刻印の刻まれた白い顔にぞっとするほど美しい微笑みを浮かべた。
それから視線を外し、顔を上へと向けた。
『…この地に満ちるマガツヒと、憎しみと絶望に焼かれた無垢な魂と、その肉をもって、俺はこの地に招かれた』
両手を広げ、まるで見えない観衆に向けて演説をするように、堂々と。神聖さと、邪悪、全てがそこにあった。
『召喚者の望み…、それは……』
世界の破滅
『俺をこの世界につなぎとめる、憎しみと絶望に焼かれた魂が燃え尽きるまで、この世界を焼き続けるんだ』
それが、君の…ルークの望みだ
『さあ、始めよう。久しぶりの現世だ!! “混沌王”の名のもとに集え、そして思う存分世界を焼き払え、混沌の悪魔達!!!!』
少年…、いや、混沌王の名を冠した悪魔の号令のもとに、とてつもない数の悪魔が世界に溢れて、そして長きに渡り全てを焼き払い続けた…。
あとがき
このリクを受けた時、まず最初に浮かんだのが、気が狂ったように笑うルークと、もうまさに悪魔達の帝王(ルシファー様はいるんですが)な人修羅が浮かびました。
混沌王=アマラED後の人修羅という解釈で勝手にこうしましたが、ルシ様を希望されていたらごめんなさい。
人修羅の召喚方法は、メガテン3(ノクマニ含む)で、コトワリの創始者達が守護を呼ぶときの様子から勝手に作ったものです。イメージとしては、バアル・アバターを呼ぶときの千晶と、ノア呼ぶときの勇を足して割った感じ。
彼も悪魔になったからには、現世に出て力を出すのに文中のような手順を踏んでいかないといけないってことで、お願いします。
不思議なことに、ルークと人修羅のやり取りが書いてて楽しかった…(なぜ?)。
冥莉様、このような出来になりました。冥莉様だけ、お持ち帰りください。
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